初めての新聞投書

道徳の教科化の中教審答申は、「愛国心」を法定した改定教育基本法のもとで、「道徳」を教科化することによって、国家を「道徳の教師」(堀尾輝久)とすることを鮮明にし、戦前の修身教育体制のように、学校の教育活動全体の「道徳教育」化を図ろうとするものと言えます。

つい最近、KBCラジオから東京オリンピックの開会式リハーサルに関して出演の話があったとき、高校時代に編集に関わった学校新聞(「城南新聞」)に関連する記事がないかと、新聞を探していたところ、1964(昭和39)年から65年にかけての城南新聞が入っていた紙袋の中に、読売新聞に投稿して掲載されたときの新聞も出てきました。私が大学2年、20歳のときのものです。1968(昭和43)年1月8日付朝刊の「気流特集」で「国防教育の是非」について賛成・反対2人ずつの投書が掲載されていました。私の投書には「近視眼的で時代錯誤だ」という見出しがつけられていましたが、国防教育、つまり愛国心教育に批判的な立場から投書したものです。いま読んでみると、稚拙な文章で、きちんとした批判になっていない感じで恥ずかしい限りですが、初めて載った投書なので、記録として紹介しておきます。

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『読売新聞』1968年1月8日付朝刊

「道徳」時間の特設は1958(昭和33)年4月に始まりますが、それに先立ち、57年8月に当時の松永東文相は記者会見で「民族意識、愛国心高揚のために小・中学校に道義に関する独立教科を早急に設けたい」と言明し(『朝日新聞』1957年8月4日付夕刊)、これを受けて58年3月に中教審答申が出され、58年8月には小・中学校「道徳」実施要綱が作成され、学習指導要領で「道徳」の特設とその目標・内容等が規定されたのでした。その年5月の国防会議では「国防の基本方針」が決定されていますが、そこでは愛国心の高揚が国家の安全保障の基礎であると強調されています。そして、このような流れの中で、66年には愛国心は「天皇への敬愛の念」と不可分なものとする中教審答申「期待される人間像」が出され、67年12月には灘尾弘吉文相が記者会見で「これまでの学校教育で国防、安全保障の問題がタブー視されているはおかしい。いま進められている小・中学校の教育課程の改定にあたって、これらを織り込むように支持することも考えている」と語ったことを受けて、「国防教育の是非」をめぐって特集が組まれたのです。私の投書は、次のようなものでした。

国防意識の高揚を強調し「必要ならば学習指導要領に盛り込みたい」という灘尾文相の発言、及びそれをうけた「ミリタリズムにならぬ範囲の教育は当然だ」という増田防衛庁長官の発言は、近視眼的で、時代錯誤もはなはだしいといわざるをえない。
真の愛国心とは、憲法の指向するよりよき社会-福祉国家を目ざす国民ひとりひとりの努力それ自体であり、教育においては、国を再び誤らせてはならないという国民的意識を出発点として、福祉国家建設のための努力を青少年に植えつけることなのである。
したがって、文相のいう「国防意識の高揚」は、そうした福祉国家建設への政府、そして国民の努力が一致したとき、しぜんに育つものなのである。そういう政府の努力なしに、ただ軍事的に国の防衛の必要を上から強制的に教えようとするのは、それこそ軍国主義的な危険な考え方である。
文相が愛国心を説き「国防教育」をしようとするならば、それが軍国主義への道に進みやすいということを子供たちに教え、福祉国家、平和日本の建設が世界平和のためになるということを教えるべきなのである。

この投書から40数年経ち、道徳は教科化され、愛国心を身につけさせる教育が強化されようとしています。憲法の解釈変更による集団的自衛権の行使が容認されていけば、子どもたちに国防意識を身につけさせようとする動きも強くなっていくはずです。こうした動きに反対していかなくてはなりません。

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