旧石川組製糸西洋館

タカクラ・テルの評伝をまとめる資料収集のため、埼玉県入間市に出かけました。目的は、石川源一郎について調べるためで、その石川の祖父・幾太郎が大正時代に建てた石川組製糸の迎賓館であった西洋館が一般公開される日でもあったので、図書館に行く前に立ち寄りました。

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石川組製糸は、1893(明治26)年に操業を開始していますが、いち早く座繰製糸から機械製糸に転換し、瞬く間に経営規模を拡大し、豊岡だけでなく、狭山・川越、さらに愛知・三重など最盛期には全国に9工場を持ち、1922年には横浜への生糸出荷高では片倉製糸などに次ぐ全国6位になっています。また、鉄道事業にも進出し、西武池袋線の前身である武蔵野鉄道を設立し、その社長にもなっています。
石川組製糸が海外に販路を拡大し、外国商人との商談の際に会社の権威を示すために迎賓館を建設する必要が生じ、建てられたのが、この西洋館でした。

見学者は渡しを含め7、8人でしたが、ボランティア・ガイドの説明、案内で館内を見て回りました。設計は東京帝大で西洋建築を学んだ室岡惣七でしたが、建築は川越の宮大工、関根平蔵が担当したということもあり、西洋建築でありながら、応接室の天井は折上小組格天井で、格式のある和風の天井となっていたので、興味深く感じました。

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洋館の帰りには、幾太郎の弟、和助がキリスト教信者であったことから建てられたゴチック様式の武蔵豊岡教会を見て、図書館に向かいました。

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図書館では、『石川家の人々』を閲覧することができ、石川源一郎の概要を知ることができました。 

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