統制強まる大学の教員養成制度

現在、全国の教員養成の学部や教職課程を設置している大学では、新学習指導要領の改訂に伴う再課程認定を申請し、審査が行われているさなかにあります。

日本私立大学協会の機関紙『教育学術新聞』編集部から、この教職課程再認定、教員養成の問題について書いてほしいとの依頼がありました。そこで、2つの大学で8年間にわたり教員養成にかかわった経験をふまえ、思うところを書いてみました。

とくに教職課程コアカリキュラムについては、「全国すべての大学の教職課程で共通的に修得すべき資質能力を示すもの」とされ、教職課程認定基準では、授業科目の審査にあたって、コアカリキュラムに定められた事項の内容が含まれているかを確認するとし、シラバス審査をすることが明記されました。このため、多くの大学人や関連学会が、開放制教員養成のあり方に反し、大学の自主性を損なものであるとして批判しましたが、強行されています。教職課程コアカリキュラムのあり方検討会は、コアカリキュラム自体についてもさまざまな批判があるにもかかわらず、「教職課程の審査・認定及び現地視察において、教職課程コアカリキュラムを活用すること」を文科省に求めており、このまま再課程認定の審査だけでなく現地視察にも活用されていくならば、文科省の意向に沿った「資質能力」が求められ、どの大学でも同じ教職科目なら同じような授業が行われるという画一化が進行することになり、戦前の師範学校教育のような事態を現出しかねない危険性が高くなります。

私が書いたのは、次のようなものです。ご批判いただければ幸いです。

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  統制強まる大学の教員養成制度
    崩れる教職課程教育の共通性と自主性のバランス
 
  
 教員養成の学部や教職課程を設置している全国の大学では、再課程認定を申請し、審査が行われているさなかにある。今回の再課程認定をめぐっては、教員養成制度の「開放制」の原則が崩され、教職課程の運営に関する大学の自主性・自律性が損なわれるのではないかという危惧が、関連学会や大学人などから指摘されてきた。
 私は、この八年間、二つの大学で教員養成に関わってきた立場から、この教職課程の再課程認定の問題を考えてみたいと思う。

  〇課程認定による質保証と大学の自主性

 教職課程の再課程認定は、学習指導要領の改訂に伴うものである。昨年三月に小学校・中学校・特別支援学校(小・中学部)の新学習指導要領が、今年三月には高等学校の新学習指導要領が公示され、小学校は二〇二〇年度から、中学校は二一年度から全面実施され、高等学校は二一年度から学年進行で実施される。
 これまでも、ほぼ一〇年ごとに改訂されてきた学習指導要領の改訂に伴って、その改訂内容や新たな教育課題に対応できる教員の養成を行うために、教育職員免許法・同施行規則も改訂され、大学の教職課程にもその対応が求められてきた。それゆえ、大学側も、ほぼ一〇年ごとに教職課程の認定を受け直してきた経緯がある。
 その意味では、二〇一六年の教育職員免許法・同施行規則の改訂に基づく今回の再課程認定も、これまでの教員養成政策の流れと変わりはないことになる。それにもかかわらずなぜ、今回の再課程認定が問題になっているのかといえば、文部科学省による高等教育政策における強制色が強められる中、教員の養成・採用・研修のすべてにわたる一体的改革が提起され、教職課程認定における認定基準が大きく変更され、文科省による教職課程教育の質保証(統制)と大学の自主性(教育の自由)の間のバランスが崩れ、統制色が強められたことがあげられる。
周知のように、わが国における教員養成は、戦後教育改革の中で確立された大学における養成及び免許状授与の開放制という原則に基づいて行われている。この大学における教員養成と開放制の原則は、戦前の規格化された師範学校による教員養成制度と、そこから生み出された国家に従順な画一的な教師像に対する歴史的反省の上に打ち立てられた原則である。すべての大学・学部がその専門性や特色を持った教員養成を行うことができ、それぞれの学問分野に取り組む優れた多彩な人材を教育界に送り出すことが考えられたのである。そして教職の専門性は、教育職員免許法によって、教員になるために修得すべき科目の基準が設定されており、その前提の上に大学ごとに教育内容や方法を創意工夫し、特色ある教職課程教育が行われることが可能となっている。その意味では教員養成制度は、国の教職課程認定による質保証と大学の自主性とのバランスの上に成り立っていた。
そして一定程度、大学の側に裁量の余地が与えられてきたことは、それぞれの大学で教育を受けてきた多様な教員を教育界に送り出すことで、結果として学校現場の教育力をより豊かなものにする役割を果たしてきたといえる。

  〇今回の再課程認定の問題点
           ところが、今回の教職課程再認定では、このバランスが崩され、国の側の統制が強められることになった。今回の認定基準で、これまでと大きく変更されたのが、現行の「教科に関する科目」「教職に関する科目」「教科又は教職に関する科目」の区分を廃止し、「教科及び教職に関する科目」に大括り化することと、現行の「教職に関する科目」については、新たに策定された「教職課程コアカリキュラム」に基づいて課程認定の審査をすること、の二点である。
 教職課程の科目の大括り化は、「大学の創意工夫により質の高い教職課程を編成することができるようにするため」とされており、この項目だけを見れば、各大学の裁量が広がり、大学の特色を活かしたカリキュラムを組むことが可能になったといえる。しかし、その一方で、「教科に関する科目」を担当する教員と「教科の指導法」を担当する教員が講義を協働して行うなど「教科と教職の連携を進めること」の重要性を指摘している。教員養成に特化していない一般学部では、学位プログラムの履修と教職課程プログラムの体系的な履修が求められる中で、専門科目と指導法との連携は、理想ではあっても、現実に協働して授業を行うのは容易ではない。新たに独立した科目として、「特別の支援を必要とする生徒に対する理解」「総合的な学習の時間の指導法」が加えられ、また、従来の科目内での追加事項として、「チーム学校運営への対応」「学校と地域との連携」「学校安全への対応」「カリキュラム・マネジメント」「キャリア教育」のほか、大学の判断により「学校インターンシップ(学校体験活動)」を加えることができるようになったが、これらの変更点も考えると、教職課程の内容がますますタイトになり、履修単位も増加するため、こうした状況が続くと、教員養成学部以外の一般学部では、教員養成は厳しくなっていくことが危惧される。
「教職課程コアカリキュラム」は、各大学が教職課程を編成する際に、このコアカリキュラムを踏まえて編成することを求めるものである。これは、文科省が、教職課程に設置すべき科目や扱うべき内容等を指定することにとどまらず、「全体目標」「一般目標」「到達目標」の内容を修得できるように授業設計がなされているか、各科目のシラバスレベルまで再課程認定で審査し、統制を加えるものとなっている。それゆえ、教員養成の全国的な水準の確保、質保証を名目に、大学の自主性や独自性を損なう危険性が指摘され、共通性と大学の自由とのバランスが崩され、文科省による統制が強まったと考えられるのである。
 
   〇 「国家的基準」となった「教職課程コアカリキュラム」

 今回の再課程認定における「教職課程コアカリキュラム」の導入に根拠をあたえたのは、二〇一五年の中教審答申「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について」である。この答申では、教員の資質能力の向上を図るために、教員の養成・採用・研修を通じた一体的制度改革を進めることが提起されており、教員の養成・採用・研修の各段階において教育委員会や大学などが連携して「教員育成協議会」を設置し、教員のキャリアステージに応じて身につけるべき資質や能力を明確化する教員育成指標を整備していくことなど、かなり踏み込んだ提案がなされている。こうした枠組みのもとで、「養成」段階においては、教職課程の質保証・向上のため、教職課程に対する外部評価制度の導入や全学的に教職課程を統括する組織の整備を促進するとともに、「国の策定指針を踏まえ、教職課程を編成するに当たり参考とする指針」である「教職課程コアカリキュラム」の導入が提起されたのである。
 文科省は、この答申を受けるとすぐに検討会を発足させ、一七年にはコアカリキュラムが策定された。ところが、このコアカリキュラムは、「全国すべての大学の教職課程で共通的に修得すべき資質能力を示すもの」とされ、「参考」から「国家的基準」へと性格の変更が行われたのである(児美川孝一郎「文科省に揺さぶられる大学の教員養成」)。そして教職課程認定基準では、授業科目の審査にあたって、コアカリキュラムに定める事項の内容が含まれているかを確認するとし、シラバス審査をすることが明記され、申請する大学側は、それへの対応を迫られることになった。

   〇コアカリキュラムの問題点

 コアカリキュラムの内容の全体的な問題点としては、大学における教員養成のためのカリキュラムが学問研究の成果に基づく体系的な教育であるべきであると考えるならば、コアカリキュラムの目的である学芸と実践性の「融合」も教育学研究の成果に基づく学芸性を基本にして行うことが求められるはずであるが、各科目の全体目標においては、当該科目を学ぶことの学芸的意義が考慮されないまま、文科省の考える実践的意義が明示されていることがあげられる。そのため目指されている実践性も理論の裏付けを欠き、学校現場での実践に役立たないおそれがあることである。例えば「各教科の指導法」における学習指導要領の強調などにみることができる。
 また、内容をみてみると、今日的課題である特別支援教育や教育相談など評価できる面もある。しかし、「教職の意義及び教員の役割・職務内容」の教員の職務内容の一般目標として「教員の職務内容の全体像や教員に課せられる服務上・身分上の義務を理解する」と明示していることについては、入学式・卒業式における「君が代」問題に見られるように、「職務命令」と憲法の保障する思想・良心の自由との相克を生じさせる可能性がある。私は、「特別活動」の授業では、戦前からの儀式的行事の歴史や戦後の学習指導要領の「日の丸」「君が代」条項の変遷に触れた上で、文科省の徹底通知や都教委の「一〇・二三」通達と「君が代」起立斉唱命令をめぐる裁判を紹介し、儀式的な行事のあり方を考えさせた。公教育における個々人の歴史観・世界観に関わる問題は、行政側の主張だけでなく、双方の見解を紹介することが必要だと考えている。進路指導・キャリア教育についても、全体目標の中で「社会との接続を意識し、一人一人の社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を育むこと」が目的だと述べているが、学校現場では、「勤労観・職業観」の形成、「汎用的・基礎的能力」の育成により、生徒を労働市場に「適応」させていくという文科省の指導が浸透している。私は、「進路指導論」の授業の中で、高校におけるキャリア教育が、自己理解や進路情報の収集と活用、キャリアプランなどに重点が置かれ、現代社会の労働や働き方の実態・制度・構造や労働者の権利などの学習が看過されていることを問題とし、進路指導・キャリア教育のあり方を考えさせてきた。
 コアカリキュラムについては、さまざまな問題点が指摘されており、「教職課程の審査・認定及び現地視察において、教職課程コアカリキュラムを活用すること」を文科省に求めているが、せめて指導助言の基準にとどめるべきで、開放制教員養成の充実・発展を目指すのであれば、コアカリキュラム拡大の動きには折に触れて批判を展開する必要がある。

  〇私立大学における教員養成の課題

 近年の教員養成改革の特徴として、「学校インターンシップ」の導入に見られるように大学よりも学校現場が重視される「現場主義」や「実践的指導力」の強調を指摘することができる。ある意味、現場に「適応」することのみが重視されている。確かに学校現場での経験やその模擬体験も必要ではあるが、大事なことはその経験を理解し、解釈する知的営為であり、大学で学ぶ理論知が「実践的指導力」を育成するという可能性を否定してはならない。
 私が大学に招かれた理由の一つは教職経験を活かして学生に実践的な指導を期待してのことであったと考えているが、大事なことは、教員が自分が働く学校の直面している教育課題に取り組んで、その中で問題を発見して学ぶというクリティカルな思考を身につけることであり、「実践的指導力」は教員同士の関係性の中で発揮される。そのことを学生に教えることが重要だと考え、授業に取り組んできた。
 各大学、特に私立大学は、建学の精神に基づく特色ある教育を行っており、教員養成においても、「教職課程センター」のような組織を作り、全学の教員養成について責任を負う体制を構築した上で、それぞれの大学がめざす教員養成の理念を再確認しつつ、体系的な教育課程を編成し、教育していくことが求められている。その際、専任教員だけでなく非常勤教員とも理念を共有することが必要である。教職課程コアカリキュラムの策定により、大学の裁量の余地は狭まったが、教職課程教育の大括り化により、教育課程の編成、教育内容に創意工夫を加え独創性に富んだ授業を組み入れることは可能である。
 コアカリキュラムを踏まえつつも、各大学が主体的に教育課程を考えることがより重要となっている。

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