『憲法を変えて「戦争のボタン」を押しますか?』を読む

清水雅彦さん(日本体育大学)が自民党の憲法改正草案を批判する『憲法を変えて「戦争のボタン」を押しますか?』(高文研、2013年)を出版されました。自民党の改憲草案がどのような内容のものであり、それがどのように解釈でき、改憲されれば実際にどのような事態が予想され、どのような問題があるのかが、わかりやすく解説されています。

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自民党の改憲草案を各章ごとに検討されていますが、ここでは主な章だけを見ておきたいと思います。

「前文」では、「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって」と、主語が日本国民ではなく「日本国」となり、天皇を頂点とする国家主義が前面に出ていること、国家あっての国民あることが前面に出ていること、国・郷土への誇りや相互扶助、伝統の継承など、本来憲法に規定すべきでないことを規定し、自己決定権や思想・良心の自由を侵害していること、などを指摘しています。
日本国憲法前文では、平和のうちに生存する権利を規定し、積極的平和主義立場から、世界の構造的暴力(国内外の社会構造による貧困・飢餓・抑圧・阻害・差別など)の解消に努めること求められていますが、自民党の改憲草案は、そのような憲法理念を放棄するものとなっていることを批判しています。
清水さんは、国連の人権理事会で平和への権利に関する宣言を国連総会で採択させようとする取り組みがなされていることに対して日本政府は、この取り組みに反対していることを批判しています。自民党政権は、対米追随外交に徹し、核不拡散条約再検討会議準備委員会に提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に対しても、唯一の被爆国であるにもかかわらず、署名しませんでした。自民党改憲草案が平和的生存権を削除した意味は、積極的平和主義を放棄し、アメリカに追随し、戦争に参加することにあると言えます。

「第一章 天皇」では、天皇を「元首」としていること、国旗・国歌、元号を規定していること、天皇の公的行為の拡大をはかっていることを指摘し、天皇制についてはもっと議論を深めるべきであることを説いています。
清水さんは、天皇が時間を支配していることを示す元号制度は国民主権に反するとし、元号はグローバル化に対応しない、不便な年号であることを指摘していますが、その通りだと思います。

「第二章 安全保障」については、憲法の「戦争の放棄」を放棄し、国防軍を設置し、集団的自衛権の行使を承認し、秘密保護法制の制定にお墨付きを与え、軍法会議の復活を規定し、自民党の改憲案が戦前に逆戻りする特徴を有していることを批判しています。
清水さんは、改憲草案が「国は、主権と独立を守る」ことを強調していることに対して、日米安保体制のもとで、アメリカの主権侵害行為を黙認し、主権制限を受け入れてきた自民党政権に「主権を守る」「領土等の保全」を言う資格があるのか、と問うていますが、いまの自民党政権にはその資格はないと言えます。

「第三章 国民の権利及び義務」では、基本的人権は「公益及び公の秩序に反しない限り」保障されるものとなっており、改憲されれば、「公」・国家の論理により人権の制約が簡単に行えるものとなっていること、「個人」として尊重されることが否定され、「人」として扱われても、国民1人一人の個性・考えまでは尊重されなくなること、などを指摘しています。とくに表現の自由規定には「公益及び公秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることには、認められない」という規定があり、特定の「目的」により結社を禁ずることは戦前の治安維持法に通じる発想があり、大変危険であると指摘している点は重大です。現在でも日本の公安警察は、「公共の安全」という観点から日本共産党や新左翼諸派、右翼、朝鮮総連などを監視していますが、改憲されれば、これらの政党・諸団体が「公益及び公の秩序」に反するとされ、存在できなくなる可能性もあります。

「第九章 緊急事態」という章は今回、新設されたものです。戦争や内乱など非常事態・緊急事態に政府が憲法を停止し、非常措置をとる権限が国家緊急権ですが、これを規定したものです。緊急事態に際しては人権が制限されることになりますが、日本国憲法は国家緊急権を認めていないという否定説が学界では多数意見となっている、と清水さんは指摘しています。

「第十章 改正」については、改憲草案は各議院の総議員の過半数の賛成で発議できるとし、現在の3分の2以上から憲法改正のハードルを下げています。清水さんも指摘されるように、議員の資格訴訟や秘密会の開催、議員の除名などは出席議員の3分の2以上の特別多数の賛成を必要とするのに、憲法改正の発議は過半数でよいというのでは、出席議員数によっては秘密会の開催決定の方がむずかしいというおかしな事態になります。

「第十一章 最高法規」については、改憲草案では、日本国憲法第97条の「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」という条文を全部削除し、公務員の憲法擁護義務から天皇と摂政を外し「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」と、国民に憲法尊重義務を課しています。
憲法は国民が国家を縛るために作ったものですから、国民には憲法尊重擁護義務はないのです。改憲草案は、国家と国民の関係を180度変えてしまうもので、立憲主義に反する考え方に立っています。
清水さんが言われるように、この改憲草案がそのまま成立したら、「国民は天皇が元首で、国防軍があり、人権を制限した憲法を守る義務が生じてしまう」ことになり、「立憲主義に反するこのような改憲案を絶対に成立させてはいけ」ないのです。

自民党の改憲草案の問題点を正しく認識し、「戦争のボタン」を押さないようにしていくことがいま、国民には求められています。この清水さんの本をぜひ高校生をはじめ多くの方々に読んでもらいたいと思っています。

この記事へのコメント

清水雅彦
2013年09月08日 11:07
拙著の紹介だけでなく、内容面についてもご丁寧なまとめをされ、大変嬉しく思いました。本当にありがとうございました。

自民党関係者とのつきあいがそれなりにある日体大ですから、世間的には「日体大の教員が自民党批判!?」という反応が出るかもしれませんが、日体大は極右の大学ではありませんし、色々な教員がいます。そういうことも世間に伝わるといいなと思っています。

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