中学校用教科書『職業指導』

濱口桂一郎さんが、自身のブログに「終戦直後の中学校の労働教育」というテーマで、1947(昭和22)年の文部省検定済中学校用教科書、日本職業指導協会『職業指導』の内容が紹介されています。

私が持っているのは、48年3月に修正発行されたものですが、内容的には大きな変更はないものと思います。

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敗戦後、中学校では、教科として「職業科」が置かれ、職業指導は教科として行われることになりました。
戦後最初の学習指導要領には中学校に「職業科」が設置されることが明記され、「学習指導要領 一般編(試案)」(1947年)には、次のようにあります。
「中学校の職業科は、生徒がその地域で、職業についてどういう経験を持っているかを考え合わせて、農・工・商・水産・家庭の中の一科又は数科を選び、これを試行課程として労働の態度を養い、職業についての理解を与え、職業指導によって更に職業について広い展望を与える」
そして文部省「学習指導要領 職業指導編(試案)」(1947年)には、職業科で職業指導を進めて行くうえでの指導方法が細かく解説されています。

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教科書は、濱口さんが言われているように「中学生用といえどもなかなか高度」なものでした。
「われらの進路」から始まり、前半は「石炭を掘る人々」「電気を起こす人々」「製鉄所で働く人々」などさまざま職業を解説しています。その中には「復興の仕事」という敗戦直後の時代を映す項目もあります。その研究課題には「あなたの住んでいる都市や町や村を健全に、そして住みよい所にするために、どんな都市計画を立て、どんな土木工事を起こすことが必要と思うか」「都市計画には公衆衛生的な事柄が必要である。なぜか」といった課題が並んでいます。東日本大震災後の被災地の復興計画を考えさせることに通じるような課題が出されていました。
後半は、「学校と職業」「職業のうつりかわり」「労働運動」「能率の話」「働く人の健康」「労働保護」「働く人の強要」「職業と社会」など、学校と職業、職業と社会の関係を解説したり、労働問題の基礎知識が要領よく解説されています。

前半の産業、職業の説明の中には、実態を反映していない説明も散見されます。たとえば繊維産業について「…紡績工場だけでなく、製糸工場も、織布工場も、繊維工業の寄宿制度は完備している。…繊維工業の寄宿舎では、生活が規則正しいこと、健康管理がゆきとどいていること、…それに寄宿舎にいれば住宅費はいらないし、食費が安くて経済的です…。賃金は従来低かったが、最近はだいたい一般の水準になった…」、また、炭鉱業について「…極めてまれに自然発火による災害がある程度で、炭鉱は危険なところという考えは、古い思想となった…災害は働く者の不注意からくるのが大部分である…朝から行き違う人たちが”お早よう”のあいさつがわりに”ご安全”という言葉を使っているのを聞くと、さすがに炭鉱では、みな安全生産ということを心がけていることがわかった」というように。

しかし、長時間労働を批判する解説もあり、現在の労働問題にもつながる指摘もされています。たとえば「能率の話」には次のように書かれています。
「人間の労働時間は長いほど仕事が多くできるというものではない。人間は長く働けば疲れる。であるから、八時間働くところを十時間働いたからといって、多く物ができるということにはならない。実際には疲労のためにそんなにできないのである。その上、長く働いたあとの疲労は、その夜の睡眠だけで完全に回復するものではなく、のちの日まで持ち越すようになり、そんなことか゜重なると終に健康をそこなう結果にもなる」「労働時間が短ければ、疲労が少なく、したがって、健康も維持されるし、自由な時間か多くなって、それを教養や向上のためにつかうこともできる。その結果は、仕事に対する態度もよくなって、よい物を造る能力も養われ、労働の能率も高まって、国の生産力を増大させることができるのである」

「労働運動」では、労働組合、労働運動がなぜ必要なのか、何がもとめられているのかが的確に解説されており、「殊に青少年労働者はよく組合の本質を理解し、組合の民主的精神を正しく深くとらえ、自主・自由と放縦とを間違えることなく、りっぱな組合員になるように修養しなくてはならない」と述べています。また、「労働保護」の項目では、労働基準法や社会保険制度を解説したのち、「労働者保護のための労働基準法が、真に働く人々の福祉のためのものとなるかどうかは、その運営のいかんにある。…この法律が真に働く人々の福祉の増進をもたらすように、私たちも協力しようではないか」と呼びかけています。

この教科書を読む限り、中学校で就職する人が多かった時代に、中学生に労働問題に関する知識もきちんと伝えなければならないということは、文部省(現在の文部科学省)も、教科書を編集した日本職業指導協会(現在の日本進路指導協会)も自明のこととしてとらえていたことがわかります。
しかし、濱口さんも指摘されているように、その自明性は、戦後60年余の間に雲散霧消してしまいました。今日、高校や大学で行われているキャリア教育は、正社員で就職するための「適応」の教育が中心となり、労働法や労働者の権利の教育に関しては、ごく少数の学校でしか取り組まれていません。

先週、大学の「職業指導」の授業で、この職業指導の教科書を紹介しました。
学生の1人は、次のように感想を書いていました。
「普段目にすることのない、古い職業指導の本をみられたのは有意義だった。中学生が自分の進路を一生懸命考えていたのがわかった。
現代の中学生はそんなに進路を考えることはないな、と思った。大学3年生と同じことを中学でやっていたと思うと、すごく驚く」

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改めてこの教科書から学ぶ必要があると思っています。

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