『原発のウソ』を読む

小出裕章さんの新著『原発のウソ』を読みました。
原子力を学び、原子力の危険性に気づき、警鐘を鳴らしてきた京都大学原始実験所助教です。年齢的には教授でおかしくないにもかかわらず、原発推進派が圧倒的多数の学界では異端に追いやられてきた研究者です。

福島第一原発事故後に書かれた本書は、「起きてしまった過去は変えられないが、未来は変えられる」として、原子力発電からの転換を訴えた本です。

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福島第一原発の現状について、奇妙な「楽観ムード」が広がっているが、安心できる材料はなく、今後起こりうる最悪のシナリオは「水蒸気爆発」で、作業員の苦闘が実を結ぶことを願うしかないが、最悪の場合はチェルノブイリに続く深刻な「地球被曝」の危険性があることが書かれています。

原発事故後、空気や土壌、食物から放射性物質が検出されると、「ただちに健康に及ぼす量ではありません」と、政府やマスコミは繰り返しているが、「安全な被曝」は存在しないこと、すなわちどんなにわずかな被曝でも、放射線がDNAを含めた分子結合を切断・破壊する現象は起こること、したがって、放射能汚染から身を守るためには、できるだけ原発から離れること、原発から吹いてくる風の向きと直角の方向に逃げること、政府は「暫定規準値「を設けてそれを超えなければ「安全」と見なしているが、これは明らかにウソであること、今となっては食物の汚染は避けようがないので、若い人ほど被曝で死ぬ確率が高くなり、高齢になるほど被曝の影響は受けにくくなるので、子どもたちの被曝を減らすためにも「大人や高齢者が汚染された食品を積極的に引き受ける」しかないことなどが書かれています。

「原発の"常識"は非常識」の章では、国も電力会社も原発は危険だということがわかっていたから、電力の大消費地である大都市から遠い場所に立地したこと、原発を造れば造るほど電力料金を値上げでき、儲かるシステムとなっており、いまや世界一高い電気料金になっていること、「原子力は二酸化炭素を出さず、環境にやさしい」と宣伝してきたが、ウランを採掘し、精錬し、濃縮し、原子炉の燃料棒にしていく工程で膨大な資材やエネルギーを使い、原発を動かすまでにたくさんの化石燃料を燃やして二酸化炭素を出していること、また、現在の標準的な原発の発電量は100万KWであるが、原子炉の中では300万KWの熱が生み出され、その3分の1だけを電気に変えて残りの3分の2は海に捨てており、日本の54基の原発から7度高い水が年間約1000億トン(注、日本の全河川の流量が約4000億トン)流され、海を温めつづけていることを明らかにしています。

地震地帯に原発を建てているのは世界の中では日本だけであること、原発100年分の「死の灰」をため込む青森県六ヶ所再処理工場ではトリチウムなど猛毒の放射能をそのまま海に放出する計画になっていること、高速増殖炉「もんじゅ」は水ではなくナトリウムで冷却しなければならず、今回のような事故が起きたならば水をかけることができないので、何の対処も出来ないまま破局を迎える危険性が高いことも明らかにしています。

最後に、「原子力に未来はない」とし、まず原発を止めることを提案しています。原発を止めたとしても、水力発電と火力発電で電力は足りていること、真夏の数日間の電力消費のピークにも節電で対応できることを明らかにしています。また原発を廃炉にしても膨大な量の「核のゴミ」が残り、300年以上(高レベル放射性廃棄物は100万年)にわたって監視しなければならないことが書かれています。

海江田万里経産相が定期点検で停止中の原発の早期再開を求めたことに対して、菅直人首相も6月19日、停止原発の再開を支持し、「きちんと安全性が確認されたものは、稼働していく」と述べたということですが(『朝日新聞』6月20日付朝刊)、この福島原発事故を契機になぜ脱原発に踏みきることが出来ないのか、残念でなりません。

私たちがいまできることはできる限りエネルギー消費を抑える努力をすること、いままで当然とされてきた消費社会の価値観を変えていくことから始めなくてはいけないと思っています。

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