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zoom RSS 大森厚さんの学校葬

<<   作成日時 : 2015/09/12 22:06   >>

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学校法人中央工学校理事長であった大森厚さんの学校葬が9月12日、東京南青山の青山葬儀所で行われ、参列させていただきました。

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大森さんは、去る8月8日に間質性肺炎のため83歳の生涯を閉じました。大森さんが亡くなられたとの報は、新聞に報道される以前に、専門学校新聞社に勤める息子から連絡があって知りましたが、7月10日に東京のアルカディア市ヶ谷で行われた専修学校制度制定40周年記念式典には、元気なお姿を見せられていた、と息子からは聞いていたので、亡くなったことを聞いたときには驚きました。

学校葬は神式で執り行われ、元全国専修学校各種学校総連合会長の大沼淳さん、全国専修学校各種学校総連合会長の小林光俊さん、中央工学校校長の堀口一秀さんが、それぞれ弔辞を述べられました。大沼さんと小林さんは、全国の専修学校の社会的地位の向上のために尽力され、全国専修学校各種学校総連合会長を11年間つとめ、専門学校卒業生に対する「専門士」の称号付与、大学編入学資格の付与、留学生の「就労ビザ発給」等、専門学校全体の振興に大きな功績を残されたことを述べられ、また、堀口さんは、43年間の長きにわたり中央工学校の理事長の職責を果たされ、学校の発展に尽くされたこと、今後は大森さんの信念を受け継いでいくことを述べられました。

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夏日となり青空の広がる青山葬儀所には、専門学校関係者をはじめ学校の教職員のみなさんなど多くの方々が参列されていました。

私が大森さんと初めて知り合ったのは、栄美通信の専門学校情報誌『’86プロフェッショナルへの道 進路決定特集号』(1985年4月)に掲載する座談会「専門学校を考える」があり、一緒にお話しをする機会があったのがきっかけでした。その後、1986年に文部省が「専修学校教育に関する調査研究協力者会議」を設置したときに、大森さんは専門学校側からの委員として、私は高校側からの委員として選ばれ、議論を交わしました。特に私が専門学校の学校案内や情報誌での誇大広告を批判したことに対して、大森さんは、全専各連では自主規約の制定を検討しているので、その努力に待ってほしいと力説されていたことなどが、思い出されます。その後は、中央工学校の学校説明会や専進研(専門学校進学指導研究会)の夏季研修会などでお目にかかったりして、親しくさせていただきました。
大森さんと最後にお目にかかったのは、2013年7月に「専門学校コンソーシアムTokyo」主催で開催された「Tokyoしごと倶楽部」の会場で、専門学校新聞社に勤めたばかりの息子を紹介したときに、元気なお姿を拝見し、懇談したときでした。

大森さんは、経営する中央工学校だけでなく、全国の専門学校の社会的地位の向上に力を尽くされた方でした。その意味では、大森さんを失ったことは専門学校全体にとっても大きな損失となりました。
故人の安らかな永眠をお祈りいたします。

*大森厚さんの自伝『中央工学校とともに−わが80年の軌跡−』(学校法人中央工学校、2013年)については、このブログで紹介したことがあります。http://yamatea.at.webry.info/201310/article_19.html

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