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zoom RSS 「頼朝・政子ロマンの路」を歩く

<<   作成日時 : 2014/12/31 07:37   >>

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伊豆長岡駅からの踊り子号で帰途につくまでの時間、鎌倉幕府の執権として実権を握った北条氏ゆかりの地をめぐる散歩コース「頼朝・政子ロマンの路」を歩きました。

伊豆長岡駅から1駅電車に乗り、韮山駅へ。そこから伊豆長岡駅までの散歩のスタートです。
菜の花が咲く畑を眺めながら成福寺へ。

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成福寺は鎌倉幕府8代執権北条時宗の三男・正宗が1289(正応2)年に建立した浄土真宗大谷派の寺院です。ここには、北条時宗・正宗の墓のほか、北条氏歴代の供養塔がありました。供養塔の向こうには雪をかぶった富士も眺められました。また境内には、蓮を植えた鉢がたくさん置かれていました。

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成福寺
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北条時宗・正宗の墓
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北条氏歴代の供養塔

光照寺から願成就院へ。願成就院は、1189(文治5)年、源頼朝の奥州攻めの戦勝を祈願して、北条時政が建立した寺院で、北条氏の氏寺的性格を持っていたといわれています。戦火によってその堂宇は失われてしまっていて今は原っぱになっていますが、かつては義時・泰時の時代に堂塔が整備され、壮大な寺院になっていたということです。境内には北条時政の墓があり、運慶作の諸仏は国宝に指定されています。

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光照寺
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願成就院
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北条時政の墓

頼朝が戦勝祈願をした守山八幡宮に立ち寄ったあと、尼将軍・北条政子産湯の地、伝堀越御所跡へ。堀越御所は、室町幕府8代将軍足利義政が、古河公方足利成氏への対抗策として関東を治めるために弟の政知を鎌倉公方として送りましたが、政知は鎌倉に入ることが出来ず、伊豆堀越にとどまり、堀越御所を建設しました。その御所があった場所で、いまは芝生の広場になっていますが、ここからは池跡や建物の一部、陶磁器類などが発見されているとのことです。

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守山八幡宮
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北条政子産湯の井戸
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伝堀越御所跡

ここからしばらく住宅地を歩き、広い道路に出ると、守山西公園に出ます。北条氏邸跡の看板がありました。

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北条氏邸跡

守山自然遊歩道の看板があり、ドングリの落ちている枯れ葉の道を15分ほど登っていくと、守山の山頂に到着。山頂の展望台からは雪のかぶった富士山をはじめ韮山地区の田園風景が一望できました。

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守山山頂展望台から
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守山からは落ち葉を踏みながら山道を下り、真珠院へ。

真珠院は曹洞宗の寺院ですが、山門を入ってすぐ右側には八重姫の供養堂がありました。伝承によれば、源頼朝を慕って伊東から山を越えて北条館を訪れた八重姫は、頼朝には政子がいて心変わりを知り、この寺の前にある真珠ヶ淵に身を投げて果てたということです。

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真珠院

真珠院からは伊豆長岡駅まで20分ほど歩いて、散歩を終えました。
13時になっていたので、駅前の「ぱすた屋REB(レブ)」でパスタのランチ。

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ぱすた屋REB

こうして三島・伊豆長岡の旅行を締めくくりました。


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