三菱一号美術館開館記念展

三菱一号美術館開館記念展Ⅱ「三菱が夢見た美術館」を見てきました。

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チェックのワンピースの麗子像がお目当てで行ったのですが、三菱ゆかりのコレクション、黒田清輝や梅原龍三郎、岸田劉生らの絵画、モネやセザンヌらの西洋絵画、茶器、御伽草子、ターヘル・アナトミア、解体新書、徒然草などの書籍など幅広い分野にわたるものが展示されていました。

〈序章 「丸の内美術館」計画 三菱による丸の内の近代化と文化〉
岩崎弥太郎の三菱は、1890年に丸の内の土地を取得し、お雇い外国人のコンドルに煉瓦づくりの事務所を設計させ、94年に三菱一号館が完成しました。
美術展の最初にあったのは、このコンドルの設計した「丸の内美術館」計画の平面図です。
当時の三菱には、丸の内に美術家や劇場を作る計画があったということです。

〈第一章 三菱のコレクション 日本近代美術〉
山本芳翠、黒田清輝、梅原龍三郎、岸田劉生などの絵画が展示されています。当時の財産家は骨董品を収集する場合が多かった中で、岩崎の場合は同時代の画家の絵画を収集したところに新しさが感じられます。

黒田清輝の「裸体婦人像」(1901年)は、明治時代の日本では展示をするにも問題になり、下半身を布で隠して展示されたということですが、その後岩崎家の私邸に飾られたものです。岩崎の芸術への理解と支援を感じさせてくれます。清輝の作品では「春の名残」(1908年)も淡い色彩の作品も印象に残りました。

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黒田清輝「裸体婦人像」(1901年)

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黒田清輝「春の名残」(1908年)

岸田劉生の「童女像(麗子花持てる)」(1921年)は、優れた描写力で描かれ、ワンピースの生地の質感も出ていて、なるほどと感じることが出来た絵でした。

〈第二章 岩崎家と文化 静嘉堂〉
井戸茶碗や野々村仁清「色絵吉野山図茶壺」など清嘉堂に所蔵されている陶磁器、屏風、古書典籍が展示されていました。私にとっては、野々村仁清の茶壺を見るのは初めてだったので興味がありました。

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野々村仁清「色絵吉野山図茶壺」

〈第三章 岩崎家と文化 東洋文庫〉
東洋文庫に所蔵されている中から、御伽草子、ターヘル・アナトミア、解体新書、東方見聞録、徒然草など、私たちがよく知っているものが実物で見ることができました。
古地図も展示されていて、蝦夷地(北海道)や尖閣列島が出ているか気になってみて見ましたが、ありませんでした。

〈第四章 人の中へ街の中へ 日本郵船と麒麟麦酒のデザイン〉
三菱系の企業である日本郵船とキリンビールのレトロなポスターが展示されていました。日本髪美人がビールを注ぐ姿は戦前までは当たり前でしたが、大正期を研究しているので、懐かしい感じもしました。

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〈第五章 三菱のコレクション 西洋近代美術〉
岩崎家が所蔵していた絵画は関東大震災や太平洋戦争で失われたものが多く、ここに展示されているものは戦後に収集されたものだそうです。ルノワール、モネ、セザンヌ、ルオーなどの作品があり、そのなかにシャガールの「サーカスの光景」(1979年)もあり、シャガール展に行ってきたばかりだったので、ここにもあるんだと内心つぶやいたのを覚えています。

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シャガール「サーカスの光景」(1979年)

〈終章 世紀を超えて 三菱が夢見た美術館〉
コンドル設計した三菱一号館の完成予想図、平面図があり、また当時の画家、郡司卯之助の「三菱ヶ原」という風景画は、ある意味で衝撃的でした。いまは新丸ビルなど再開発がすすみ、おしゃれな界隈の一つになっている東京駅前が、明治時代にはまったく何もない原っぱになっている風景で描かれていたからです。

コンドルの設計図をもとに復元された三菱一号館美術館。「響きすぎる靴音」は静かに歩くように注意書きが貼られていましたが、静かな雰囲気の中で作品を見ることができ、よかったです。

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