小林美希『ルポ保育格差』を読む

保育園をめぐっては待機児童問題が大きな社会問題となっています。国や自治体は、待機児童対策のため、保育園を増やすとともに、保育士不足解消の一環として保育士の待遇改善を打ち出しています。しかし、そのため保育園が乱立し、保育園による質の格差も顕著になり、子どもを虐待する保育園も少なくありません。

小林美希さんの『ルポ保育格差』(岩波新書、2018年)は、待機児童問題の影に隠れて保育園の格差が進行している実態をうきぼりにしたレポートです。

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第1章「どの保育園に入るかで大違い」は、問題が表面化しづらい保育士による「心理的虐待」に迫っています。保育士が思うようなペースで子どもが着替えや片付け、整列や昼寝ができないと、保育士は子どもが泣くまで叱責する、別の部屋に閉じ込める、保護者が忘れ物をすると、ズボンの着替えがなければパンツのまま過ごさせる、タオルがなければプールで遊ばせない。このような「子どもの最善の利益を守る」という保育業界の常識が崩れてきている実態を紹介しています。その原因は、待機児童の解消を急ぐあまり、保育所が急ピッチで作られた結果、起こったことだと指摘します。保育士不足から資質を問われないまま採用され、保育所が圧倒的に足りないため、質が低下しても生き残ることができるからです。
第2章「事業としての保育園」では、保育士の処遇が改善されることで競争が起こり、よい保育者が採用され、保育の質も向上することが望まれるにもかかわらず、一向に保育士の処遇が改善されないのかを分析しています。現場では相も変わらず長時間労働で低賃金で”やりがい搾取”されていること、労働集約的な保育では、事業者が利益を出すために人件費に目をつけ、保育士の賃金を搾取していること、本来保育所を運営する費用の「委託費」は、人件費は人件費に、事業費は事業費にという使途に縛りがありましたが、2000年に営利企業の保育参入が認められると同時に国はいわゆる「委託費の弾力的運用」に関する通知を出して、費用の相互流用を認めてしまいました。その規制緩和の結果、本来は7~8割かけられるべき人件費比率が2~3割というケースも出ていること、保育士の年収実績も、国の見積では平均で年収380万円だが、それを大きく下回るケースが珍しくないこと、保育所運営のために支払われた「委託費」が同一事業者が複数園を展開するときの施設整備費や介護施設までにも流用されており、その金額は独自集計で東京23区だけでも合計280億円に上ること、などを明らかにしています。
第3章「甘い需要予測」では、なぜ待機児童が減らないのか、需要予測の甘さを指摘しています。そこで抜け落ちているのは0歳児保育の需要で、希望すれば全員育児休業を取ることができればよいが、妊娠・出産期にある女性の約半数は非正規雇用で、育休取得は困難であること、妊娠解雇に遭えば無職となり、フリーランスや自営業にはもともと育休がなく、そうしたケースで0歳のうちに預けなければいけない実態が見過ごされていることを明らかにしています。
第4章「学童保育は「子どもの居場所」になっているか」では、保育所の先にある学童保育の問題について、劣悪な保育園で何年も過ごすうちに大人を信じられなくなった状態で小学校に入学してくる子どもも少なくないこと、学童で子どもたちは本当の自分の顔を出すが、荒れていること、保育の質の劣化が影響しており、それを学童の職員が受けとめていることなどを明らかにしています。
第5章「安心して預けられる保育所とは?」では、こうした保育の質が劣化し、環境が変化している中でも、良い保育の実践を目指して日々取り組んでいる保育園を紹介しています。そこに共通しているのは「一斉保育」ではない、子ども一人ひとりを大切にする保育を実践していることを明らかにしています。
第6章「保育格差をなくすために」では、まず保育の専門性を問題にし、保育士と無資格者では「子どもの年齢に応じた成長や発達を学んでいるか」によって違ってくるとし、保育指針などの基本事項で示される保育のありようはきちんと実践される必要があることを指摘します。しかし、保育所の運営形態による格差が大きいとし、具体的には、公立か私立か、公立でも非常勤が多いか、私立では社会福祉法人か株式会社か、住む自治体による格差も大きく、独自の補助がどの程度出ているのか、保育士の配置基準や面積基準を上乗せしているのかどうか、また、保育所は園長の方針や人がらによっても大きく左右される属人的なところもあることを指摘しています。そして、待機児童問題が深刻化する中で、規制緩和が進み、無資格者や非常勤が増えている中で、認可保育所でも死亡事故等が増えていることを問題にしています。このような中で、保育は福祉を礎にした法制度の下に行われるべきもので、子どもの最善の利益を考え、子どもが個人として尊重されるようにならなければならないとし、どの保育所に入ったとしても、どの保育所で働いたとしても、誰もがあたたかく迎えられ、人間らしくいられる場にしていく必要があり、そのために何が必要か、一人ひとりが真剣に考える必要がある、と結んでいる。

本書を読んで感じたのは、待機児童問題が深刻化する中で、保育所の増設を急ぐあまり、規制緩和が進み、保育格差が深刻なまでに進んでいることに驚かざるをえなかったことです。
子どもを預ける親からすれば、どの保育所でも安心して子どもが預けられ、子どもが健やかに成長する場でなければなりません。福祉という観点からすれば、自治体が責任を持って保育所を確保し運営すべきです。
保育士が不足しているといいながら、その処遇改善のための補助金も、保育士にはまわらず他に流用されていること、国の想定では、委託費の7~8割が人件費とされているにもかかわらず、保育者人件費比率は、著者独自集計した平均で、社会福祉法人は55.4%、株式会社は42.4%で、個々の保育所をみても人件費比率が際立って低いのが株式会社立の保育所となっています。ここには人件費を切り詰め、保育士から”やりがい搾取”をしている実態が浮かび上がってきます。

保育が規制緩和をされると、一番被害を受けるのは子どもであり、その保護者です。親からも分からないような心理的虐待が保育の現場で行われているとすれば、大きな問題です。また、保育士の処遇改善が一向に進まないのも大きな問題です。保育所で虐待や事故が起こらないようにするためにも、資質のある保育士によって保育することが望まれ、そのためにも保育士の処遇改善は大切だと思います。

保育所は児童福祉法の下にあり、市町村は、保護者の労働や疾病その他の事由があるときに、子どもを保育所で保育しなければならないと定めています。あくまで市町村に責任があり、本来は公立が望ましいと言え、市町村で負いきれないため、民間に「委託」しているに過ぎません。保育所によって格差があってはならないのです。
児童福祉法の第1条は、すべての子どもは、子どもの権利条約の精神にのっとり、「適切に養育されること、生活を保障されること、愛され、保護されること、その心身の健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉を等しく保障される権利を有する」ことがうたわれ、第2条では、子どもが「年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮され、心身ともに健やかに育成されるように努めなければならない」とされ、その第一義的な責任は保護者が負いますが、国及び自治体は、子どもの保護者とともに、子どもを心身ともに健やかに成長する責任を負うとされており、その役割の一端を保育所も担っていることになります。
子どもの最善の利益を守るという、保育の大原則が崩されてきている現在、行きすぎた規制緩和をやめさせ、一日の大半の時間を過ごす保育所で子どもが自分らしく安心して過ごすことができるようにしていくことが、私たちの責務となっていると思っています。

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