子どもの声は”騒音”か?

都市部では待機児童が多く、保育園不足が大きな問題となっています。
隣の武蔵野市でも、保育園を建設しようとすると、近隣住民から子どもの声でうるさくなり、平穏な環境が壊されると反対にあい、保育園の建設を断念する事態も生まれています。
私の家の隣にも保育園を建設する計画が持ち上がっています。
近隣住民の不安や懸念事項として多いのが、子どもの「騒音」であり、送迎時の保護者のマナーでした。

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牟礼保育園(本文とは関係ありません)

保育園は現在では迷惑施設になっている感がありますが、改めて「子どもの声は”騒音”なのか」を考えてみたいと思います。

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自分の孫の声だと「元気でいい」、とかわいがりますが、他人の子どもになると「うるさい」と、同じ音圧でも、その主観的な感じ方は人により、また状況により異なります。心理学では、これを「官能評価」と呼んでおり、子どもとの親密さの関係で、官能評価の結果は変わってくると言われています。

子どもが集まるところには「騒音」はつきものです。保育園だけでなく、公園、児童館、小学校、中学校……。ある意味うるさいのが子どもです。子ども時代、とくに4~5歳児は、戸外で活動し、集団の中で遊ぶ楽しさを知ると同時に必要なルールを理解していく時期であるように、遊びは子どもの成長にとって大切なものです。子どもが大きな声を出し、思いっきりからだを使って遊ぶ子ども時代は、誰もが経験してきたことで、いまの子どもには必要ないということにはなりません。

大阪府では、保育園の建設や運営をめぐって地域住民との対立が増えていることから、「子ども施設環境配慮手引書」を制作し、2017年2月に「子ども施設と地域との共生」シンポジウムを開催しています。

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大阪府「子ども施設環境配慮手引書」

騒音トラブルについて研究している橋本典久・八戸工業大学教授は、昔は工場騒音や建築設備・機械騒音など物理的なものがトラブルとなったのに対し、1997年頃からは公園で遊ぶ子どもの声や小学校の体育館での子どもの声やボールをつく音に対する苦情がマスメディアで取りあげられるようになり、保育園の新設に対しても騒音不安や交通不安を理由に反対する住民運動が増えたことを指摘しています。
橋本氏は、保育園10施設で行った子どもの声の「騒音」測定結果について、子どもの声は大人の男性の声よりも約3~4オクターブ高い1~2キロヘルツであること、子どもの声の塀による遮音効果も調べたところ、塀の高さや音源からの距離によって詳細な数値は異なるものの、男性の声よりも子どもの声の方が9~12デシベル減衰することがわかり、子ども施設を塀で囲むことよって、一般男性の声よりも子どもの声の方が防音しやすいことが認められた報告しています。これにより橋本氏は、施設を新設するにあたっては、子ども施設が出す音の騒音レベルを数値・データ化して事前に住民に示し、さらに防音壁などの誠意と工夫を凝らして最低限に抑える努力も行うことで、「騒音不安」の軽減につながることを指摘しました。
そして橋本氏は、「子どもの声の騒音問題に関する市民意識調査」(2016年)によれば、ほとんどの人が子どもが元気に遊ぶ声や子ども施設に対して好意的な回答をしているものの、子ども施設に根強く反対する人も1割程度存在するのも確かであるが、子ども施設に反対する個人属性は、一般にイメージされるような高齢者や閑静な住宅地に住む人ではなく、子ども施設に反対するかどうかは、ただ住民の「不安感情」とのみ相関関係が認められたと述べています。
こうした意識調査によって浮き彫りになったのは、住民の心理段階として「不安→不信→反発→敵意」へと発展していく傾向にあるため、初期の「不安」の段階で、子ども施設側が、「具体的な数値を示す」「誠意ある対応」「丁寧な説明」を行えば、不安は大きくはらむことなく、トラブルへと発展していくことは少ないということです。(西村由紀子「保育園の音は騒音なのか?地域との共存を考えるシンポジウムに参加してきた」https://www.homes.co.jp/cont/press/buy/buy_00642/

保育園建設に絡む騒音トラブルを引き起こす背景には、近所づきあい、コミュニケーションが希薄化している現代日本の社会構造の変化があります。
橋本氏は、こうしたトラブルの元凶となりかねない音のことを、「騒音」とは区別して「煩音(はんおん)」と呼んでいます。保育園をめぐる騒音問題は音量公害ではなく、”感情公害”であって、音の大きさには関係がなく、音の発生者とそれを聞く人との人間関係とそのときの心理状態で「うるさい」と思うケースがほとんどだと言われています。心理学でいう官能評価と同じで、「煩音」とは心理的に不安な音を指します。
トラブルの元凶が騒音であれば、音を低減させたり、防音対策に努めればよいわけですが、「煩音」では、むしろ音量ではなく、当事者の誠意ある対応などによって両者の関係を改善する努力を行うことの方が大切であることがわかります。

保育園の騒音をめぐっては裁判になった事例も少なくありません。その中で最近注目されたのは、2017年12月に最高裁が、「園庭で遊んでいる園児の声がうるさい」として、神戸市の男性が近隣の保育園を相手取り、慰謝料100万円と防音設備の設置を求めた訴訟の上告審で、男性の敗訴が確定した裁判です。
一・二審判決によると、保育園は2006年4月、神戸市灘区の住宅街に開園。高さ3メートルの防音壁が設けられたが、約10メートル離れた住宅に暮らす男性は、「園児の声や太鼓、スピーカーの音などの騒音で、平穏な生活が送れなくなった」と提訴しました。
17年2月の一審・神戸地裁判決は、保育園周辺の騒音を測定した結果、園児が園庭で遊んでいる時間帯は国の環境基準を上回ったが、昼間の平均では下回ったとして、「耐えられる限度を超えた騒音とは認められない」と結論づけました。
17年7月の二審・大阪高裁判決は、園児が遊ぶ声は「一般に不規則かつ大幅に変動し、衝撃性が高いうえに高音だが、不愉快と感じる人もいれば、健全な発育をほほえましいと言う人もいる」と指摘。公共性の高い施設の騒音は、反社会性が低いと判断し、一審判決を支持しました。(朝日新聞デジタル、2017年12月21日、https://digital.asahi.com/articles/ASKDP5RC9KDPUTIL03M.html

この裁判では、原告側が敗訴しましたが、保育園からの騒音が違法な権利侵害に当たるかどうかを判断するにあたって、一審判決では、保育園の公益性・公共性を考慮しなかったことが注目されます。このことは、保育園からの園児の声が環境基準や騒音規制を超える場合、保育園の恩恵を受けていない近隣住民との関係で、受忍限度を超えるものとして、保育園事業者側が慰謝料を支払わなくてはならなくなる可能性も十分あることになります。
東京都では、環境確保条例が2015年3月に改正されたことにより、保育園、幼稚園、公園などで子どもが遊ぶ声や一緒にいる保育士などが発する声については、都の騒音規制の対象から外されることになりました。
しかし、東京都の「子どもの声」に対する基準とされた受忍限度論は、ドイツと同じものではありません。ドイツでは、2011年5月に「連邦イミシオン(環境汚染)防止法」を改正し、保育施設などから発生する子どもの騒音についての損害賠償請求を禁止しました。子どもの発する音は成長の表現として保護すべきものであり、社会的相当性があるため受忍限度内であることを認めるものとなっています。東京都の場合は、「子どもの声」については数値規制を適用するのではなく、一般社会生活上受忍すべき程度を越えて周辺の生活環境に障害を及ぼしているかによって条例違反かどうかが具体的に判断されることになったに過ぎません。音の大きさだけでなく、関係者同士でなされた話し合いやコミュニケーションの程度や防音壁の設置などの内容なども考慮されることになったのです。(東京都「環境確保条例における子供の声等に関する規制の見直しについて」2014年12月)。都の考える受忍限度論は、関係者同士のコミュニケーションを通じて子ども施設側の近隣への配慮が進むこと、また、近隣住民側も子どもの声に対する理解が深まることによって、問題の解決を期待しようというものです。

いずれにせよ、現在では、「子どもの声」を他の騒音と同じであると考え、基準値以上の音を立てるのを禁ずることは適切ではないということです。日本では、ドイツのように「子どもの声」は保護の対象にはなっていませんが、子どもが成長するうえで、伸び伸びと身体を動かし、元気よく声を出すことは欠かせないこと、それを子どもから奪うことは、子どもの権利侵害にもなりかねないということです。
子どもの権利条約では、子どもの最善の利益がうたわれています。そして「児童福祉法」には、子どもの権利条約の精神にのっとり、子どもの「心身の健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉を等しく保障される権利を有する」ことがうたわれ、「子ども・子育て支援法」も「一人一人の子どもが健やかに成長することができる社会の実現」をうたっています。子どもが声を出すことは法的に保障されているのです。

近年、多くの地域で保育園の建設時には住民の反対運動が起きています。
保育園側は、(1)開設予定地域の環境基準、騒音規制基準を把握し、子どもの声がそれらの基準を超える可能性があるか慎重に検討すること、(2)近隣住民の理解が得られるまで住民説明会を開催するように努めること、(3)必要に応じて、反対住民との個別協議を行うこと、(4)近隣住民の要望を真摯に受けとめ、可能な限り設計の変更、防音対策を行うこと、などを行うことが求められます。また、住民も、子どもが伸び伸び育つ地域こそが住みやすい地域であることを考え、お互いに歩み寄る意識が必要だと思っています。

また、地域住民が最大の保育園の協力者になっているところでは、保育園が、子どもの声が騒がしくなるのを防ぐために、少人数の子どもが集まって遊べる場所を園内に分散して設置するなどの工夫をしたり、近隣の方々と地域のイベントなどを通して信頼関係をつくり、子どもたちと交流を重ね、コミュニティの力で対立から融和へと変えていく努力を重ねています。これらの事例を見倣って、地域の住民みんなで未来を担う子どもたちを育てていける社会づくり、地域づくりができることが理想だと考えています。

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