「学び舎」教科書採択に関する「謂れのない圧力」

現行の中学歴史教科書の中で唯一、「慰安婦」問題を掲載している学び舎の教科書「ともに学ぶ人間の歴史」を採択した灘中学校には、国会議員から問合せの電話や抗議の葉書が来たことが、和田孫博校長の書いた文章「謂れのない圧力の中で」(『とい』第34号、2016年9月)で明らかにされました。

東京新聞は「こちら特報部」欄で「「学び舎」の教科書巡り騒動」と題して、この教科書採択をめぐり、教育の独立性を脅かしかねないとして、その背景をあきらかにしています(『東京新聞』2017年9月4日朝刊)。

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『東京新聞』2017年9月4日朝刊

灘中は、2015年に学び舎の教科書を採択し、16年度から使用しています。この学び舎の境界所に批判的な産経新聞は、灘中以外にも麻布中や筑波大学付属駒場中、東京学芸大学付属世田谷中など、少なくとも国立5校、私立30校以上で採択されたことを明らかにしています(『産経新聞』2016年3月19日)。

ところが、和田校長の文章によれば、学び舎教科書を採択した15年末、自民党の一兵庫県議から「なぜあの教科書を採用したのか」と詰問され、年明けには灘OBの自民党衆議院議員から電話があり「政府筋からの問合せなのだが」と断った上で同様の質問を投げかけられたという。そして2月には抗議の葉書が届き始めます。「慰安婦」問題の記述を理由に、採択中止を求める同一の文面が印刷され、「学び舎」の歴史教科書は「反日極左草」の教科書、「将来の日本を担っていく若者を養成するエリート校がなぜ採択したのか」などと非難するもので、200枚以上にのぼったという。

和田校長は文章で、ジャーナリストの水間政憲氏のブログを「発信源」のようだと指摘。和太校長は、「政治的圧力だと感じざるをえない」「同じ仮面をかぶった人たちが群れる姿脳裏に浮かび、うすら寒さを覚えた」と、感想を綴っています。

東京新聞は、学び舎教科書の採択に圧力をかけた背景には、かつてはすべての中学歴史教科書に「慰安婦」問題にふれていたが、日本の教科書は「自虐的」と主張する「新しい歴史教科書をつくる会」の主導で発行した扶桑社の歴史教科書が検定に合格、右派の自虐批判が強まる中、2004年度の検定以降、すべての教科書から「慰安婦」の記述が消えたにもかかわらず、学び舎教科書に「慰安婦」問題が記述されたことから、右派勢力が巻き返しを狙ったものではないか、としています。高嶋伸欣さん(琉球大学名誉教授)は、コメントの中で、「右派勢力には、いったん慰安婦の記述を排除したという自負がある。学び舎は新規参入にもかかわらず、灘中のような有名校が採択したことでインパクトがあった。「極左」のレッテルを貼ることで、慰安婦の記述を再び排除しようという意図と警戒を感じる」と語っています。

抗議葉書をしかけたのは水間氏にほぼ間違いなく、届いた写真葉書には「プロデュース・水間政憲」と記されていたいいます。水間氏といえば、慰安婦問題や南京大虐殺をなどを否定する論陣を張っている極右の自称ジャーナリストで「文化放送チャンネル桜」への出演矢も「正論」「Woice」など右派論壇誌への寄稿で知られています。
水間氏は、「WiLL」2016年6月号・7月号に「エリート校-麻布・慶応・灘が採用したトンデモ歴史教科書-」なる論文を寄稿し、その中で学び舎教科書を「まるで中国の教科書」と批判、「自虐のレベルを遙かに超えた「中国・韓国御用達教科書」と認識すべき」とし、この教科書のねらいは「わが国を根底から解体することである」との妄想を披瀝しています。そして、同氏のブログには、「学び舎の反日極左歴史教科書採択問題」などと名づけ、「講義する方のために」として学び舎教科書を採択した学校名と校長名、住所などを列記、「「学び舎」の歴史教科書を採択した学校の理事長や校長にOBが「軟禁歴史戦ポストカード」を送りつけると、「学び舎」の歴史教科書の使用を中止する可能性があるのです」と、抗議葉書の送付を呼びかけています。

学び舎の歴史教科書は、現場の教員の実践をもとに、歴史研究者と協力して編集された、ユニークな教科書です。編修趣意書には「この教科書は、生徒が学習に際して、本文を読み進め、図版を読み解いていくことによって、問いや疑問(課題)を持つことを想定しています。問いや疑問を持つことは、生徒が教科書の記述に対して自ら関わっていく第一歩となり、歴史学習では基礎。基本となる内容を獲得することを可能にします」とあり、生徒の問いや疑問から学びあいができるように本文や図版にも工夫がされていて、暗記する歴史ではなく、考える歴史の教科書となっています。
和田校長は、学び舎教科書を採用した理由を次のように述べています。
「担当教員たちの話では、この教科書を編修したのは現役の教員やOBで、既存の教科書が高校受験を意識して要約に走りすぎたり重要語句を強調して覚えやすくしたりしているのに対し、歴史の基本である読んで考えることに主眼を置いた教科書、写真や絵画や地図などを見ることで疑問や親しみが持てる教科書を作ろうと新規参入したとのことであった。これからの教育のキーワードともなっている「アクティブ・ラーニング」は、学習者が主体的に問題を発見し、思考し、他の学習者と共働してより深い学習に達することを目指すものであるが、そういう意味ではこの教科書はまさにアクティブ・ラーニングに向いていると言えよう」

アクティブ・ラーニングというのは、基本的に教科書に何も疑問を持たず国の言うことに盲目的に従う国民を効率よく育てる教育とは対極にあり、考えることに主眼を置くことは権力にとっては必ずしも好ましいことではないので、内容的に「反日」だということだけでなく、そのような意味でも自民党や右派にとっては気に入らないものだったともいえます。

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