『続・下流老人』を読む

少子高齢社会の日本で、貧困に苦しむ高齢者が増加していることを告発した、『下流老人』(朝日新聞出版、2015年)を著した藤田孝典さん(https://twitter.com/fujitatakanori?lang=ja)が、その続編『続・下流老人』(朝日新聞出版、2016年)を出版されました。
政府は、2015年10月、「一億総活躍社会」の実現を宣言しましたが、今の脆弱な社会保障制度、貧困を自己責任とするこの国の社会システムを変えない限り、ほとんどの高齢者は、社会を支える労働力として、何よりも自分が”下流化”しないために、「死ぬまで働き続けなければ生きられない社会」になるのではないか、と指摘する藤田さんは、誰もが必ずやってくる”働けなくなるとき”に、下流老人になることなく暮らしていけるのか、その疑問に答えるために執筆したのが、続編『続・下流老人』だということです。

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第1章「深刻化する下流老人」では、収入、貯蓄、人とのつながりの3つの観点から、高齢者の貧困は改善するどころか、年々数を増して深刻化している現状を明らかにしています。生活保護受給世帯の約51%が65歳以上の高齢者世帯ですが、貧困状態にありながら生活保護を受けていない多くの高齢者、つまり下流老人がおり、家族の扶養を前提として制度設計された国民年金制度では、所得保障の役割を果たしておらず、全体の約6~7割の高齢者が月額10万円未満の年金しか受給していない現状にあること、単身世帯を含む高齢者世帯の43.5%は600万円未満の貯蓄しかなく、うち16.8%は「貯蓄なし」の状態にあり、貯蓄の少なさは深刻化していること、そして、一人暮らしまたは夫婦のみの高齢者世帯は、ともに大幅に増加し、2014年には55.4%と過半数を超え、家族以外の何らかのつながりがないと”社会的孤立”に陥りやすくなっていることを明らかにし、これからの日本では、高齢者を含め全員が一生働き続けなければ暮らしていけない状況になっていることを指摘しています。

第2章「生きるために、働く老後」では、著者が相談を受けた5名の高齢者の事例をもとに、高齢者が働く現場で今何が起こっているかを紹介しています。豆腐屋を経営していたものの妻が病気になったため廃業し、年金だけでは暮らせず、80歳近くになっても新聞配達で働いていた男性、大手物流会社でビジネスマンとして働いていたものの50代でリストラされ、コンビニで働く男性、親の介護・医療費を支払うために清掃員のアルバイトで働く60代後半の女性、地方公務員を定年退職後、40歳近い重度のうつ病の娘と孫を養うために働く70代の男性、東北地方の農家に嫁ぎ、夫が亡くなると現金収入はなくなり、月5万円の年金で生活する81歳の女性。5名とも共通して、ちょっとした環境の変化で生活困難に陥り、老後も働かざるを得ない実態が明らかにされています。

第3章「誰もが陥る『死ぬまで働く』という働き方」では、定年の65歳を過ぎても現役で働く高齢者の数が急激に増加している背景として、政府の意識調査が指摘するような「生きがいのために働く」というのはウソで、働かなければ暮らしていけない現実、将来の生活への不安があることを明らかにしています。高齢者が働く理由として、年金受給額が下がり続けていること、介護保険料が上がり続けていること、生活費が上がり続けていることなどをあげています。また、「死ぬまで働く高齢者」を生み出している問題点として、日本の会社員は「ポータブル・スキル」が低く、会社への依存度が高い働き方は失業したとき、転職を困難にしていること、日本の最低賃金は低く、高齢者の労働力は安く買いたたかれていること、老老介護や介護離職、同一家庭内で複数の問題を同時に抱えている多問題家族の問題など、極限まで家族に負担を押しつけ、追いつめる現実があること、地方では過疎化によって限界集落が増加しているが、閉鎖的なコミュニティでは高齢者同士の共助は、その共助の糸が切れた瞬間に、集落全体が生活困窮に陥ることを指摘しています。そして、政府の進める「ニッポン一億総活躍プラン」は、「少子高齢化を解消することで経済成長を図る」のではなく、「さらなる経済成長を達成することで少子高齢化を解消していく」施策であり、女性、高齢者の社会参加を促進し労働力人口を底上げすることにあり、年金制度が国民の生活保障の機能を果たせていないだけでなくそのほかのセーフティネットも弱まっている中では、生涯現役社会は「死ぬ直前まで働かなければ生きられない社会」を意味し、それは「悲劇」でしかないと批判しています。

第4章「日本の老後はカネ次第」では、現在の介護保険制度が抱える課題と、格差社会の中で高齢者の終末期の生活は、家族の負担が重くなったり、”介護棄民”を増やしかねない問題を明らかにしています。介護保険制度は、「介護サービスの量的拡大」と「介護の社会化」、「介護予防」を実現するねらいがありました。しかし、高級ホテル並みの富裕層を対象とした介護付き有料老人ホームがある一方で、高齢者の急増にともなう社会保障費の増加により、「給付抑制」が進められ、介護保険料と施設利用料は上がり続け、特別養護老人ホームは要介護3以下や低所得者は利用できないなど、今後、必要な介護サービスが受けられない”介護難民”を増やし、親の介護に対する家族の負担と責任が増大することは明かだと指摘します。

第5章「下流老人を救うカネはどこにある?」では、社会保障の拡充するための財源論を井手英策氏(慶應義塾大学教授)に知見を得ながら、貧困問題の解決に向けた道筋を論じています。国民の税負担を重くするかわりに、医療費や介護費、教育費などのサービスを無料あるいは定額で利用できるようにすることを提言しています。井手氏の試算によれば、国民負担率をEU諸国並みに引き上げなくても、消費税を5%上げるうちの半分を用いれば、幼稚園・保育園の無償化、大学授業料の減免、介護保険の1割負担の無償化、医療費負担の引き下げなどが可能であり、また、個人の税負担を増やし、生きるために必要なサービスは公的負担とすれば、消費動向にもプラスの変化が現れると推計されるとします。日本では政治家に対する異常な不信感もあり、増税をいやがる「小さな政府」を求める国民が多く、また、現役世代と高齢者世代、貧困層と富裕層と、双方が相手を敵に仕立て上げ、不信感の増大した分断社会となっているが、これからは、「全員が受益者」の社会をつくること、現金ではなく現物を給付するようにすること、そして「弱者救済」を嫌悪しない社会にしていくことを提言しています。

第6章「一億総下流化を防ぐ解決策」では、一躍総疲弊社会の到来、一億総下流化を防ぐにはどうしたらよいか、著者の提案を紹介しています。生きて行くうえでは誰もが失業や病気、事故、介護などのリスクをかかえるが、現在の日本ではそれらの対策や解決は個人や家族の自己責任、自助努力に委ねられ、医療、介護、教育、住宅などの物やサービスは「商品」として売られ、多くの金銭を支払わなければ受け取れない状況になっています。その中で「下流老人を生み出さない社会」に変えていくためには、自己責任型の社会を「脱商品化」の社会に変え、社会保障のイメージを根本的に変える必要があるとします。具体的には、食料や生活費の補助、安価で安全な住宅の供給や家賃補助、子育て世帯への手当や教育費の減免、水道光熱費や通信費などインフラの定額利用など、生活に必要なものを税金で用意すること、そして、自分の生活を脅かす不安取り除くためには何が必要なのかを考え、一人ひとりの生活体験にもとづく切実な希望が、国や社会を動かしていく原動力となるものであること、社会がどのようになれば生活しやすい社会となるのか、市民がお互いに手を取り合い「アソシエーション」(組織)を復活させ、声をあげ、行動していくことが求められていると述べています。

下流老人を生み出すのは、自己責任ではなく、この国の社会システムの歪みにあるという著者は、社会保障制度を根本から変えない限り、下流老人だけでなく、若者も含めて、日本の貧困問題は解決せず、安倍政権の言う「一躍総活躍社会」は「一億総疲弊社会」になると警告しています。現在の日本社会の格差や貧困化が深刻化している現状を踏まえ、どのように解決の道筋を考えていくべきか、1つの問題提起をした本書は、高齢者だけでなく若者も含め、多くの人に読まれ、議論を進めていくべき書物だと考えています。
また、私の問題関心からいえば、若者のキャリア教育を進めて行く際にも、現在の日本の貧困問題が深刻化している社会の中で、日本の社会にどのような問題があり、解決すべきなのか、そのことと重ね合わせて、どのような働き方、生き方をしていくのか、本書をテキストに議論させることも考えられると思っています。

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