藤田孝典著『貧困世代-社会の監獄に閉じ込められた若者たち-』を読む

藤田孝典さんは、現代日本の貧困問題に関わってきた社会運動家の1人で、現在、NPO法人ほっとプラス代表理事、聖学院大学客員准教授を務めています。藤田さんは、昨年、高齢者の相当数が貧困状態にあることを告発した『下流老人-一億総老後崩壊の衝撃-』(朝日新書、2015年)を出版し、大きな反響を呼びました。この「下流老人」という言説は、たんに高齢者の貧困を問題にしただけでなく、これから老後を迎えるあらゆる世代が「下流化」していく可能性を示したものでした。『貧困世代-社会の監獄に閉じ込められた若者たち-』(講談社現代新書、2016年)は、現在働いている若者の世代に焦点を合わせて、若者の貧困に迫り、問題の可視化(見える化)を行った書物です。

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藤田さんは、現代の若者を「貧困世代」と総称していますが、それは「現代の若者たちは一過性の困難に直面しているばかりではなく、その後も続く生活の様々な困難さや貧困を抱え続けてしまっている世代である」から、としています。しかも、若者たちに対する社会一般のまなざしは、「高度経済成長期のまま、まるで変わっていない」とし、そうした社会の無理解のもとで若者たちは、現代日本の社会システムの中でもがき苦しみ、「監獄から出られない囚人たち」のようになっていることを問題にします。本書は、貧困世代の置かれている実態を明らかにし、それを踏まえた上で具体的な政策提言を行い、若者の貧困問題を社会に発信する役割を担うことを意図して執筆されたものです。

第1章「社会から傷つけられている若者=弱者」では、建設現場で骨折した後遺症から失業し、所持金13円で野宿していた栄養失調状態になっていた21歳男性、いじめから不登校になり不安障害のために働けず生活保護を受け、ネットで心ない批判を受けた34歳女性、ブラック企業でうつ病となった27歳男性、栃木県から上京し、アパートの契約更新料が支払えず、「脱法ハウス」で過ごす24歳男性、昼間は食品工場でアルバイトをしながら夜間定時制高校に通学する17歳女性、という5つの事例をあげながら、「教育現場からの排除、奨学金返済や年金保険料支払いの重苦、雇用や労働現場の劣化、支える家族機能の縮小、住宅政策の不備、幾重にも重なる社会構造が若者を追いつめてきている」現代の日本では、「特殊」なことではなく「頻繁に見受けられる」事例である、と述べています。そして、「一番人生を諦めてはならないはずの若い世代が、人生を諦めざるを得ない」環境に置かれているとし、非正規雇用の拡大の中で資産形成ができない若者たちにとって、結婚をし「子どもを産みたくても産んで育てるほどのゆとりがない」のが現状で、「子育てはぜいたくというのが、貧困世代のホンネである」とし、「貧困世代を放置すれば、近い将来、社会保障や社会福祉の対象として厳然と現れてくるだろう」と指摘しています。
第2章「大人が貧困を判らない悲劇」では、「働けば収入を得られるという神話(労働万能説)」「家族が助けてくれているという神話(家族扶養説)」「元気で健康であるという神話(青年健康説)」「昔はもっと大変だったという時代錯誤的神話(時代比較説)」「若いうちは努力するべきで、それは一時的な苦労だという神話(努力至上主義説)」という、よく語られがちな5つの「若者論」の間違いを批判しています。そして、このような間違った言説が執拗に唱えられてきた結果、若者たちは支援の対象から除外され続けたきたとし、労働市場の劣化や変化を補うために、社会福祉や社会保障の対象として、若者を位置づける必要があることを説いています。
第3章「学べない悲劇-ブラックバイトと奨学金問題」では、ブラックバイトと奨学金問題が取り上げられています。大学や専門学校などの高等教育を受けるためには学費の高騰があり、経済的に困難な家庭層では高等教育を受けることにためらいを見せる若者が増えていること、日本学生支援機構の奨学金は貸与型奨学金で、卒業後、多くが利子を付けて返済しなければならない「ローン」であり、その返済に苦しめられていること、学生生活と両立ができないブラックバイトが横行し、しかも生活費や学費を得るためにブラックバイトをやめられない学生も少なくないこと、そして出身家庭の所得や資産が子どもの将来の進路や職業選択に大きな影響を与え、「貧困の連鎖」が起こっていることを問題にしています。
第4章「住めない悲劇-貧困世代の抱える住宅問題」では、非正規雇用や低賃金の就労形態に苦しむ若者が、家賃負担が重いために、家を借りられない現象が起きており、ホームレスになる者も少なくないこと、また、家賃の高い民間賃貸住宅を借りられない貧困世代では親元から出られず、実家が監獄になっている場合もあること、日本では住宅が商品化して、その配分を市場原理に任せた結果、住宅を追われたり、ホームレス化したり、住居を失うリスクから自死を選ばざるを得なくなる人びとも少なくない現状を明らかにし、若者に低家賃の住宅支援をするなど貧困世代への住宅政策の整備が急務であることを説いています。
第5章「社会構造を変えなければ、貧困世代は決して救われない」では、第1章から第4章でふれたような貧困世代の数々の悲劇を踏まえて、社会福祉政策が若者の貧困に向き合い切れていない現状を分析しながら、どのような視点、政策が必要なのか、具体的な提言として、「新しい労働組合への参加と労働組合活動の復権」「スカラシップの導入と富裕層への課税」「子どもの貧困対策との連携」「家賃補助制度の導入と住宅政策の充実」を提言、その理由を説明をしています。そして、若者たちの貧困がひどい状況にあることを国民1人ひとりが深く理解し、その原因となっている社会構造や制度政策を変えるための取り組みが必要であり、貧困世代も声を上げていくことを求めています。

本書は、現代日本の若者がどのよう貧困状態に置かれ、これが放置されれば、彼らは将来「下流老人」となり、低年金・低所得状態の高齢者が爆発的に増加することを警告した書物となっています。
私自身の問題関心であるキャリア教育の視点から考えたとき、若者たち自身が、現在若者が置かれている貧困状態を認識できるように社会理解を深めさせる取り組みを進めること、そして、そのような社会の中でどのように働き、生きていくのかを考えさせるとともに、貧困世代を生み出している社会構造や制度政策を変えるための働きかけができるような市民教育、労働教育に取り組むことが必要になっていると考えています。本書は、そのための教材としても活用できるものであり、教員、学生・生徒をはじめ、多くの人びとに読んでほしいと思っています。

*日本キャリアデザイン学会のメールマガジン「キャリアデザインマガジン」第125号(2016年4月12日)に掲載した「私が読んだキャリアの1冊」を文体を「です・ます」調に直して転載したものです。

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