湯の花トンネル列車銃撃事件

アジア・太平洋戦争の末期、1945年8月5日午後0時20分頃、八王子市裏高尾の湯の花トンネル付近で、新宿発長野行きの列車に4機の米軍戦闘機が機銃掃射、列車は客車の途中までトンネルに入って止まり、複数回の銃撃にさらされました。警察の記録では52人が死亡、133人が負傷したとされていますが、周辺の病院に搬送された人などを含めると、死者は60人以上いることが分かっています。

この湯の花トンネル列車銃撃事件については、友人である齋藤勉さん(都立東大和南高校)が協力され、今年3月のTBS「戦後70年 千の証言スペシャル-私の街も戦場だった」で放映されたことがあります。
斎藤さんには、この事件をまとめた『中央線四一九列車』(のんぶる舎、1992年)がありますが、今度は、事務局を担当している「いのはなトンネル列車銃撃遭難者慰霊の会」で、『いのはな慰霊の集い 三十年のあゆみ-中央線四一九列車銃撃の体験記と日米資料』を刊行したことが、きょうの東京新聞に掲載されています。

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『東京新聞』2015年8月5日付朝刊

本書は、銃撃を受けた人、救助に協力した人たちの体験記のほか、会の活動記録や、会を取材したTBSが米国で情報公開請求した、当日の戦闘機の活動報告書なども掲載されています。

斎藤さんは、記事の中で、「銃撃による被害の詳細を読んで悲惨さを知り、二度と戦争を起こしてはいけないと実感してほしい」と語っています。

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湯の花トンネル列車銃撃事件慰霊碑

アジア・太平洋戦争が終結してから70年。その節目の年に、現在の安倍政権は安全保障関連法案=戦争法案を衆議院では強行採決をし、アメリカと一緒に戦争ができる国づくりを進めています。
こうしたときだからこそ、地域のなかの「戦争」を掘り起こし、「戦争」を考えていく地道な取り組みが大切だと思っています。

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