「憲法を法律に適応させる」?!
6月5日の国会で、民主党の辻元清美議員が、前日の憲法審査会で3人の参考人が安保関連法案について全員違憲だと述べたことを受けて、次のように質問しました。
辻元議員「私は、昨日の憲法審査会を受けて、3名違憲と言われたことを受けて、本法案は一回政府は撤回された方がいいと思いますが、いかがですか?」
この質問に対して中谷元防衛大臣は、次のように答弁しました。
中谷大臣「政府としても様々な角度からご意見を頂戴をし、また現実に安保法制懇談会という非常に著名な見識を持った方々に参画をしていただいてご意見をいただきました。
その後は、政府としては国民の命と平和な暮らしを守っていくために、憲法上、安全保障法制はどうあるべきか。これは非常に国の安全にとっては重要なことでありますので、与党で、こういった観点でご議論をいただき、そして現在の憲法をいかにこの法案に適応させていけばいいのかという議論を踏まえまして閣議決定を行ったわけでございますので、多くの識者の意見を聞きながら、真剣に検討して決定したものであります。」
「憲法を法律に適応させる」とは、どういうことでしょうか。憲法を法律にあわせるのではなく、憲法にあう法律をつくるのが行政府の責任です。この答弁は、安保関連法案=戦争法案は違憲立法であることを白状したのと同じです。
言うまでもなく、日本国内での法規の強さの序列としては、憲法、法律、政令の順番になっています。そして、最高法規である憲法に反する「法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為」は無効とされます(憲法98条)。
法律で憲法を変えようなどということはあり得ないわけですが、安保関連法案で憲法9条を実質的に変えてしまおうという本音が透けて見えます。
そもそも中谷大臣自身が、憲法調査会での3人の参考人と同じように、集団自衛権は憲法改正をしないと認められないということを著書等で述べていました。
『右でも左でもない政治―リベラルの旗』(幻冬舎、2007年)には、こうあります。
「私は、現在の憲法の解釈変更はすべきでないと考えている。解釈の変更は、もう限界に来ており、これ以上、解釈の幅を広げてしまうと、これまでの国会での議論は何だったのか、ということになり、憲法の信頼性が問われることになる。」
また、2年ほど前の雑誌の対談(『NEW LEADER』2013年8月号)では、こう述べていました。
「政治家として解釈のテクニックで騙したくない。自分が閣僚として「集団的自衛権は行使できない」と言った以上は、「本当はできる」とは言えません。そこは条文を変えないと……」
それゆえ辻元議員から、「大臣も(これまで)参考人の方と同じことをおっしゃってきた」と突っ込まれ、さきのように「現在の憲法をいかにこの法案に適応させていけばいいのかという議論を踏まえまして閣議決定を行ったわけでございます」という、トンデモ答弁をしてしまったのでした。
また、中谷大臣はこうも答弁しています。
「昨年の閣議決定は、これまでの憲法9条をめぐる議論との整合性を考慮したもので行政府としての、憲法解釈の裁量の範囲内であると考えて、これをもって憲法違反にはならないと考えるに至っている。」
憲法審査会での「著名な憲法学者」は、3人とも違憲だと表明したのですが、中谷大臣は、違憲であろうと「合憲と憲法解釈をすることは行政府としての憲法解釈の範囲内だ」と考えているということになります。
先ほども指摘したように、憲法に反する「法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為」は無効です。そして、国務大臣には憲法尊重擁護義務があります(憲法99条)。「行政府の裁量」などというものは、法律以下の存在で、国務に関するその他の行為として、憲法に反することはできないのが法理です。
憲法は、国家権力に対して縛りをかけるための装置です。憲法を用いて国家を縛り、権力の乱用を防止するところに本質があります。これが立憲主義ということですが、中谷大臣は、立憲主義をまったく理解していないだけでなく、憲法に関係なく行政府の裁量でいかようにも解釈できるというもので、憲法と法律と行政裁量の関係をまったく理解していないことが分かります。
明日の自由を守る若手弁護士の会は、そのブログで、中谷大臣の発言は、「日本の憲政史上最悪の発言」と言っていますが(http://www.asuno-jiyuu.com/2015/06/blog-post_6.html?spref=tw)、中谷大臣は国務大臣としての資質がないこと、みずから安保関連法案は違憲立法であることを白状しているわけですから、廃案にするほかはないと言えます。
辻元議員「私は、昨日の憲法審査会を受けて、3名違憲と言われたことを受けて、本法案は一回政府は撤回された方がいいと思いますが、いかがですか?」
この質問に対して中谷元防衛大臣は、次のように答弁しました。
中谷大臣「政府としても様々な角度からご意見を頂戴をし、また現実に安保法制懇談会という非常に著名な見識を持った方々に参画をしていただいてご意見をいただきました。
その後は、政府としては国民の命と平和な暮らしを守っていくために、憲法上、安全保障法制はどうあるべきか。これは非常に国の安全にとっては重要なことでありますので、与党で、こういった観点でご議論をいただき、そして現在の憲法をいかにこの法案に適応させていけばいいのかという議論を踏まえまして閣議決定を行ったわけでございますので、多くの識者の意見を聞きながら、真剣に検討して決定したものであります。」
「憲法を法律に適応させる」とは、どういうことでしょうか。憲法を法律にあわせるのではなく、憲法にあう法律をつくるのが行政府の責任です。この答弁は、安保関連法案=戦争法案は違憲立法であることを白状したのと同じです。
言うまでもなく、日本国内での法規の強さの序列としては、憲法、法律、政令の順番になっています。そして、最高法規である憲法に反する「法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為」は無効とされます(憲法98条)。
法律で憲法を変えようなどということはあり得ないわけですが、安保関連法案で憲法9条を実質的に変えてしまおうという本音が透けて見えます。
そもそも中谷大臣自身が、憲法調査会での3人の参考人と同じように、集団自衛権は憲法改正をしないと認められないということを著書等で述べていました。
『右でも左でもない政治―リベラルの旗』(幻冬舎、2007年)には、こうあります。
「私は、現在の憲法の解釈変更はすべきでないと考えている。解釈の変更は、もう限界に来ており、これ以上、解釈の幅を広げてしまうと、これまでの国会での議論は何だったのか、ということになり、憲法の信頼性が問われることになる。」
また、2年ほど前の雑誌の対談(『NEW LEADER』2013年8月号)では、こう述べていました。
「政治家として解釈のテクニックで騙したくない。自分が閣僚として「集団的自衛権は行使できない」と言った以上は、「本当はできる」とは言えません。そこは条文を変えないと……」
それゆえ辻元議員から、「大臣も(これまで)参考人の方と同じことをおっしゃってきた」と突っ込まれ、さきのように「現在の憲法をいかにこの法案に適応させていけばいいのかという議論を踏まえまして閣議決定を行ったわけでございます」という、トンデモ答弁をしてしまったのでした。
また、中谷大臣はこうも答弁しています。
「昨年の閣議決定は、これまでの憲法9条をめぐる議論との整合性を考慮したもので行政府としての、憲法解釈の裁量の範囲内であると考えて、これをもって憲法違反にはならないと考えるに至っている。」
憲法審査会での「著名な憲法学者」は、3人とも違憲だと表明したのですが、中谷大臣は、違憲であろうと「合憲と憲法解釈をすることは行政府としての憲法解釈の範囲内だ」と考えているということになります。
先ほども指摘したように、憲法に反する「法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為」は無効です。そして、国務大臣には憲法尊重擁護義務があります(憲法99条)。「行政府の裁量」などというものは、法律以下の存在で、国務に関するその他の行為として、憲法に反することはできないのが法理です。
憲法は、国家権力に対して縛りをかけるための装置です。憲法を用いて国家を縛り、権力の乱用を防止するところに本質があります。これが立憲主義ということですが、中谷大臣は、立憲主義をまったく理解していないだけでなく、憲法に関係なく行政府の裁量でいかようにも解釈できるというもので、憲法と法律と行政裁量の関係をまったく理解していないことが分かります。
明日の自由を守る若手弁護士の会は、そのブログで、中谷大臣の発言は、「日本の憲政史上最悪の発言」と言っていますが(http://www.asuno-jiyuu.com/2015/06/blog-post_6.html?spref=tw)、中谷大臣は国務大臣としての資質がないこと、みずから安保関連法案は違憲立法であることを白状しているわけですから、廃案にするほかはないと言えます。

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