道徳の教科化

中央教育審議会は10月21日、現在は教科外活動の小・中学校の「道徳」を、検定教科書を用い、学習評価を行う正式な教科とすることを答申しました。これを受けて文部科学省は、2018年度の教科化を目指し、学習指導要領の改定や教科書検定基準の作成にはいります。

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『東京新聞』2014年10月22日付朝刊

道徳教育をめぐっては戦前、教科「修身」による愛国心教育が行われ、国民を戦争に駆り立てるうえで大きな役割を果たしました。教育勅語の徳目は現代にも通用すると、教育勅語を美化する考え方を持っている安倍首相は、第1次政権時代に教育基本法を「改正」し、そこに愛国心条項を盛り込み、この4月に文科省が各省・中学校に配布した副教材「私たちの道徳」にも愛国心養成のページがあります。安倍政権が特定の価値観を押しつけ、子どもたちの思想・良心の自由を侵害する恐れは十分にあると考えられます。

答申には、「特定の価値観を押し付けることは、道徳教育が目指す方向の対極にある」とありますが、では、教科にすることで多様な価値観が育つのか、と考えるならば、かえって逆効果になる恐れがあります。

教材には検定教科書の導入が提言されていますが、その答申には、教科書を作成する際のもとになる学習指導要領の記述を、これまでより具体的にするよう求めており、細部にわたって記述されれば、それに教科書の内容・指導方法も縛られることになります。答申には、「正直、誠実」「公正、公平、正義」などのキーワードの明示も考えられるとしており、また、検定ルールの変更により、「愛国心」を盛り込んだ教育基本法の目標に照らして重大な欠陥があると判断されると、不合格になることから、この運用次第では、かつての国定教科書と変わらないことになります。

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文科省が今年つくった副教材「私たちの道徳」小学校5・6年版をみても、アニー・サリバンや野口英世らの偉人伝やマザー・テレサ、松下幸之助、福沢諭吉らの格言を集めています。また、その成り立ちに疑惑が持たれている「江戸しぐさ」も登場しています。そんな物語や格言から「正しい人間像」を説き、それを受け入れた場合のみ評価するのなら、子どもたちの思考を養うことにはなりません。

答申は、学校差や教員の個人差が大きい現状を改めるためにも教科にしたい、としていますが、それは運用で解決することであり、教科書で統制することではないはずです。尾木直樹さんは「学校差、個人差が大きいから国定教科書で統制するとは何時代でしょうか。社会主義国家じゃあるまいし…」と批判していますが、重要なのは何をどう教えるかという授業の中身です。

答申では情報モラルや生命倫理など現代の課題を扱うことや、対話や討論の授業も求めています。現代の社会で価値判断の分かれる問題について議論したり、民主主義社会にふさわしい市民モラルとは何かを考えさせたり議論することが大切だと思います。そのためには教員にテーマを選ぶ自由がなければなりません。

下村文科相は、副読本「私たちの道徳」を家庭に持ち帰っていないことを批判し、調査をさせていますが、このままだと、教科書を使っているかどうか、国がいちいち調べるのではないか、と懸念されます。
藤田英典さん(共栄大学)は、「押しつけられた「よい子の道徳」を競うようになり、逸脱気味の子どもが問題を起こしかねない。良い子を演じる子どももストレスをため、教科化の狙い逆になる恐れがある」と指摘し、「国に心のありようや人格を統制する権限はない」と批判していますが(『東京新聞』2014年10月22日付朝刊)、道徳の教科化にはさまざまな懸念があり、反対せざるを得ません。

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