『日本国憲法の初心-山本有三の「竹」を読む-』を読む

毎日新聞編集委員の鈴木琢磨さんが、山本有三の『竹』(細川書店、1948年)を東京・荻窪の古書店で手に入れ、そこに書かれている有三の日本国憲法への思いと、その本を出版した編集者、岡本芳雄について書かれた『日本国憲法の初心-山本有三の「竹」を読む-』(七つ森書館、2013年)を読みました。

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戦災の焼け跡が残り、物が不足していた時代に、白と紺のシンプルで品のあるデザインの表紙に和紙に印刷された新書『竹』に収められたのは、敗戦直後に発表された憲法にまつわる随筆やラジオ放送の原稿でした。文化人、政治家としての有三のエッセンスが詰まっており、まだ憲法がかがやいていたころの息吹を伝える書物といえます。

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山本有三は、戦前から作家として平易な日本語の使用を説いていましたが、政府がマッカーサー原案を受け取り、GHQと調整したのち、1946年3月にカタカナ・文語体の「憲法改正草案大綱」が発表されると、三鷹国語研究所を母体に「国民の国語運動連盟」(代表・安藤正次)を結成し、憲法改正案をはじめ、すべての法令、公文書を口語体にすることを建議します。この建議は政府に受け入れられ、有三は、憲法前文と第9条までの口語化試案をつくり、政府は、有三の口語体を参考にしながら、1946年4月、口語体の憲法改正案を作成しました。
改憲派の人たちは、日本国憲法を占領軍が作った憲法だから、自主憲法を制定しないといけない、と言います。そして憲法は英語を翻訳したものに過ぎないと批判します。たとえば、2013年5月の衆議院憲法審査会で、日本維新の会の伊東信久議員は、「前文についてですが、そもそも現行憲法は、占領軍によって英文で起草され、その英文を日本語に翻訳したという歴史的経緯もあり、美しい日本語とはとても言えない状況です」と述べています。
憲法前文が「美しい日本語」かどうかは好みの問題もありますが、前文が「路傍の石」などで知られる作家の1人である山本有三の文章を下敷きにしていることは知らなかったようです。

本のタイトルにもなった「竹」は終戦から半年もたたない1946年1月5日夜にJOAK(現NHK)で放送された談話です。有三は、軍国主義的な気風を高める桜でなく、竹が好きだと語っています。
桜について、次のように語ります。
「命を投げ出すことを、最高の道徳と考えたり、それをほめたたえる思想は、封建主義的な思想です。やくざ仁義の思想です。軍国主義的な思想です。こういう考え方、こういう気風というものは、是非とも根だやしにしなければなりません。そうでなくては、ほんとうの学問は栄えません。よい文化は生まれません。平和な国は打ち立てられません。
その意味で、私は桜の花を、あまりもてはやすことに、大きな疑問を持っております」
竹については、「春の末から夏になると、わか竹がすくすくと伸びてゆきます。こいつは、きまって、親竹よりも太い。そして、だんだんに身がしまってゆきます。子のほうが、親よりも、若いもののほうが、老人よりも、立派なものになってゆくところも、私にはうれしいことの一つです」とし、そんな竹のいちばんの魅力は冬、雪が竹に降り積もったときと言います。
「どんなに、上からの圧迫が強かろうと、口を結んでこらえている。ポキンと折れるような、ふがいないまねは、めったにしません。雪は必ず、いつかはふりやむことを知っているからです。そして、雪が小やみになると、自分の力で、積もっているものを払い落として、ぴいんと、もとの姿に返ってゆきます」

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山本有三記念館庭園の竹林

そして「戦争放棄と日本」。新憲法が1946年11月3日に公布された、その翌日の朝日新聞に寄せた一文です。
「日本は領土を広めようとして海外に乗り出した時は、必ず失敗している。秀吉の場あいがそうである。シベリヤ出兵がそうである。そして今度の戦争もれである。日本は侵略によって伸びる国ではない。日本が伸びる道は、ほかに立派にあるのである。
しかし、そういう道があるとしても、もし他国から攻撃を受けたらどうするか。武力を持たない日本は、ひとたまりもないではないか、という問題が起こってくる。私はその質問に対しては、逆にこう問い返したい。それなら、どれだけかの兵力を持っていたら、侵略をくいとめることができるか。たとえば、デンマルクの場あいを例に取ってみよう。あの国は国土を守る兵力を持っていた。しかし、ひとたびナチスの軍隊に侵入されたら、どうすることもできなかったではないか。してみれば、国防軍を備えていたところが、なんになろう。ことに今日のように原子爆弾の時代になっては、十万や二十万の兵力なぞは、おもちゃの兵隊にもひとしいものではないか。問題は、どれだけ武力を持つかということではない。そんなものは、きれいさっぱりと投げ出してしまって、裸になることである。そのほうが、どんなにさばさばするかもしれない。裸より強いものはないのである。なまじ武力なぞ持っておれば、痛くもない腹をさぐられる」
「私は特に若い人たちにお願いしたい。あなた方は、これからの日本をしょって立つ人びとである。あなた方が、もし道をあやまったならば、日本はさらに、どんなことにならないとも限らない。たきぎにふしきもをなめても、戦争以前の日本に返したいなぞと考えている者が、もし、あなた方の中にあったら、それは、とんでもないことである。…この新しい憲法の発布されたのを機会に、はっきりと自分の道を歩みだしてもらいたい。われわれは敗戦国民には相違ないが、今や真理と自由と平和とを目ざして、新しい国家を築きあげんとしているのである。だれにも遠慮もいらない。かしらをあげ、胸を張って、信ずる道をドシンドシンと踏みしめて行ってもらいたい」

鈴木さんは、「世紀も代わり、すでに「裸」どころではない自衛隊を持ち、日増しに北東アジアがキナ臭くなりつつあるいま、こうした文を読めば、改憲派ならずとも理想主義がすぎる気はする」と述べつつ、有三の孫で早大教授の瀬戸直彦さんの「いまどきの若者ならイタいとなるんでしょうね。祖父は骨の髄まで理想主義者でしたから」という言葉を引用し、有三が新しい憲法に希望を抱いた「あの時代の空気をすっておくべきではないのか」と書いています。
現在、安倍晋三政権のもとで、特定秘密保護法の制定や解釈改憲による集団自衛権の行使容認など、日本国憲法の破壊が進められています。山本有三が新しい憲法に若者に希望をいだいたように、私たちはもう一度憲法の「初心」に立ち戻り、どのような国のかたちをつくっていくのかを考える必要があると思っています。


*山本有三記念館では、有三の没後40年を期して「山本有三と国語」展を11月3日まで開催しています。有三が戦前から「ふりがな廃止論」を唱え、ふりがながなくても誰にでも読める文章を書くこと、難解な漢字を使わず、やさしい言葉で表現することを自らも実践しました。敗戦直後、新憲法草案の口語体化を提案、国語教科書も自ら編集しました。その足跡を豊富な資料とともに紹介しています。私もこのブログで紹介しましたが(http://yamatea.at.webry.info/201403/article_11.html)、ぜひ多くの方々に見に行ってほしいと思っています。

この記事へのコメント

Casshern
2015年10月21日 07:21
早稲田大学瀬戸教授に、山本有三や本田増次郎について尋ねたく思います

【ameba blog Casshern】http://my.ameba.jp/menu.do?guid=ON【Gree RAMBO】http://m.gree.jp/?mode=home&act=top&from=footer&gree_mobile=f2d6927ff0720dbbd78ac1556a00b302
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【はてなyasuosera119】http://d.hatena.ne.jp/yasuosera119/archivemobile
[渡部昇一統一教会世界日報絶賛]https://mamorenihon.files.wordpress.com/2014/11/watanabeshoichi_sekainippo.jpg
[統一教会][幸福の科学]U.F.O宇宙人原発侵略論渡部昇一は、真崎派に病院送りか逮捕宣言されており、私を光風病院でベッドに裸で括りつけて薬漬け渡部徹志医師親戚らしいです。
[高市早苗稲田朋美西田昌司自民党国会議員がネオナチ団体代表議員会館]http://richardkoshimizu.at.webry.info/201409/article_24.html

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