映画「ジョン・ラーベ」

「南京・史実を守る映画祭」実行委員会主催の映画「ジョン・ラーベ 南京のシンドラー」(フローリアン・ガレンベルガー監督)が5月17日、江戸東京博物館ホールで上映会があり、観てきました。

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1937年12月に日本軍が南京攻略戦で首都・南京を占領した際に、略奪・暴行・強姦・殺人・放火を大規模に行った、いわゆる南京大虐殺(南京事件)が起きたときに、欧米人を中心に、貧しい人々が安全に避難できる地区を設する計画が持ち上がります。これがのちに南京安全区国際委員会となります。その委員長になったのが、この映画の主人公、ジョン・ラーベです。ラーベは、当時、シーメンス社の南京支社長でしたが、日本軍との折衝を有利にするために委員長には、日本と同盟関係にあったドイツ人がよいということで、選ばれたといわれています。

映画では、ラーベの他、ウイルソン(金陵大学付属病院医師)、デュプレ(モデルとなったのはボートリン金陵女子文理学院教授)、ドイツの外交官ローゼン博士などが出てきますが、ラーベ夫妻の夫婦愛をおきつつ、日本軍の暴虐から中国の難民を守った安全区国際委員会の姿が描かれいます。

映画上映後、記念シンポジウムが行われました。司会は熊谷伸一郎さん(岩波書店『世界』編集長)で、シンポジストは中国近現代史研究者の姫田光義さん(中央大学名誉教授)とラーベの研究者・長田喜嗣さん(大阪府立大学大学院生)でした。

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熊谷さんは、南京事件70周年のころ、世界では南京事件をテーマにした映画が作られたが、日本では上映自体がリスクと考える興行関係者が多く、なかなか商業上映出ず、有志が集まって市民の力で上映する運動を起こしたことを話されました。
姫田さんは、1984年に南京事件現地調査団を作って研究を進めてきたが、南京事件は史実としては決着をしているにもかかわらず、否定をする人が後を絶たず、歴史認識として定着してこなかったことを話されました。
永田さんは、ラーベの日記は日本ではヴィッケルトが編集したもののさらに抄訳が『南京の真実』(講談社、1997年)として出版されたが、今は絶版になっていること、ラーベがなぜ南京にとどまったのかは、映画で描かれていることと日記の記述とは違うことなどを話されました。
会場には南京事件研究では第一人者の笠原十九司さん(宇都宮大学教授)も来られていたので、できれば発言を求めたらもっとよかったのではないかと思われました。

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安倍晋三政権のもとで南京大虐殺を否定する動きはつよくなっています。それだけに、私たちは歴史の真実ときちんと向き合い、なぜ南京事件(南京大虐殺)が起きたのかを知り、二度と起こさないようにすることが大事だと思っています。

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