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zoom RSS 伊豆大島への旅3 藤井工房

<<   作成日時 : 2014/03/11 07:20   >>

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元町のホテルにチェックインをしたあと、元町の街中を散策しました。元町港や源為朝館跡を訪れたりしたのち、コーヒーを飲みながら休憩をしようとして見つけたのが、藤井工房でした。

木造のドーム型の特徴ある建物で、「あんこ猫写真展」の案内や農民美術の看板がありました。

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「あんこ猫写真展」が開かれているという記事は『朝日新聞』で読んでいました(2014年2月26日付朝刊)が、その写真展の場所がここだと知りました。
あんこ猫は、鎌倉市在住の美術家エサシトモコさんが制作した、伊豆大島伝統のあんこに扮した猫の置物で、「アートアイランズTOKYO国際現代美術展」で生まれたものです。島の人たちが、伊豆大島のあちこちにそのあんこ猫を置いて撮った写真が、昨年夏の美術展で、ポスターにして島内に張り出したところ、これを藤井工房主宰の藤井虎雄さんらがおもしろがって、今回の写真展につながったということです。

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そして看板の「木村五郎 農民美術 資料館」の文字と、工房内に入ったときに見た木製の手彫り人形から、ご主人の藤井さんに「ここは(長野県)上田の山本鼎が始めた農民美術と関係があるのですか?」と尋ねました。すると藤井さんは、山本鼎の農民美術と関係があると話され、大島で開かれた農美講習会の講師として来島した木村五郎のことや、その木村から習った藤井さんのお父さんのことを説明され、木村五郎が収集した長野をはじめ各地の農民美術作品を見せてくださいました。藤井さんも何度か上田の山本鼎記念館に行ったことがあるということでした。

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農民美術は、画家の山本鼎が、長野県小県郡神川村で、村の青年、金井正・山越脩蔵の協力を得て始めたもので、農閑期の農民が文化的・美術的香りのする手工芸品を製作して副業とし、農村の文化、経済の向上をめざした運動でした。最盛期には全国で80数か所の農民美術生産組合が組織され、製作が行われました。
木村五郎は、1899(明治32)年に生まれ、石井鶴三に師事して彫塑の研究に励んでいた彫刻家で、1927(昭和2)年から日本農民美術研究所嘱託として各地の農美講習会で「木彫人形」を指導、29年1月に大島農会の招きで農美講習会の講師として来島、翌年にも来島して講習会が持たれ、35年に37歳で亡くなっています。
農民美術は、経済不況と戦時体制のために衰退し、39年には日本農民美術研究所の建物は閉鎖状態になり、40年には神川村大屋区の集会所として売却され、その使命を終えます。
戦後は形を変えながらも、発祥の地の上田などで地場産業として、その精神と技術が受け継がれています。

藤井さんによれば、この伊豆大島では、観光土産用に作品が製作されてきたということです。

思いがけないところで、私も論文の中で触れたことのある農民美術に関係のある工房を発見し、びっくりしました。

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