『秘密保護法は何をねらうか』を読む

12月6日、秘密保護法が自民党・公明党の強引な国会運営で強行採決され、成立しました。その同じ日、秘密保護法を批判する清水雅彦・臺宏士・半田滋『秘密保護法は何をねらうか-何が秘密?それは秘密です』(高文研、2013年)が発売になりました。本当はもっと早く出版されていれば、より多くの人々に秘密保護法のねらいや危険性が理解できたのでは、と悔やまれます。

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本書は、臺宏士さん(毎日新聞)の「「知る権利」「報道の自由」を”圧殺”する秘密保護法制」、半田滋さん(東京新聞)の「「情報統制」が真のねらいか-防衛省・自衛隊取材の現場から」、清水雅彦さん(日本体育大学)の「憲法の諸原理を否定する秘密保護法」、そして資料編からなっています。

臺さんは、秘密保護法の問題点として、(1)「特定秘密」を恣意的に指定する恐れがあること、(2)特定秘密を漏らした側だけでなく、秘密を取得した人、実際に取得できずに未遂であった場合でも処罰対象になること、(3)裁判では「外形立証」で、漏らそうとした被告は何が特定秘密なのか知らないまま有罪になる恐れがあること、(4)自衛隊・情報保全隊が違法な国民監視をして裁判でも違法との判決が確定したが、秘密保護法が制定されれば、裁判所が違法と認定されるような公務員の行為も内部関係者は萎縮する一方で、秘密を理由に都合の悪い情報は違法な情報を含めて隠されてしまうこと、(5)秘密指定解除後の文書に対する取扱規定がなく、国立公文書館への移管も担保されていないこと、(6)特定秘密を扱う人には「適性評価」が行われ、公務員も民間人もプライバシーが丸裸にされること、適性評価の結果によっては不利益な取り扱いがされかねないこと、(7)不当な方法による取材の基準は曖昧で、たとえば潜入取材など違法と認定される「不当な方法」の幅がかなり広くなる可能性があること、などを明らかにし、秘密保護法制下では、米英のように、日本政府は報道人を捜査対象になることに警告を発しています。

半田さんは、秘密保護法が出てきた理由として、(1)GSOMIA(軍事情報包括保護協定)を締結したこと、(2)日本版NSCが扱う秘密情報の大半はアメリカから提供されたものになるが、現行法のままだと、防衛省から来た人たちは自衛隊法で「懲役5年以下」、他の省庁から来た人たちは国家公務員法で「懲役1年以下」で、同じ秘密を扱うのに罰則規定が異なるので、公平にするため、(3)本当のねらいは、公安警察や自衛隊・情報保全隊などが、平和運動や脱原発運動などをテロ活動防止を理由に「特定秘密」に指定して監視すること、権力者が「特定秘密」と知った上で、記者などにその一部を開示して情報操作をすることが可能になることをあげています。

清水さんは、まず「表現の自由」について、日本国憲法と自民党の改憲案を比較し、自民党の改憲案は、「公益及び公の秩序」に反しない限り表現の自由を認めるもので、「国家の安全」の観点から、報道の自由や取材の自由、知る権利はいくらでも制限できるという考え方に立っている、と批判します。次いで戦前・戦後の秘密保護法制の流れを概観し、今回の秘密保護法は、2010年の民主党政権下の有識者会議で、自民党政権下で秘密保護法制定に向けた動きが、より具体的に動き始め、そこでは内閣情報室のほか、警察庁・外務省・海上保安庁・防衛省・法務省などの官僚が多数出席し、とくに防衛・外交・警察情報を秘密にしようとする動きが強まったことを明らかにしています。秘密保護法制定の背景には、日米の軍事一体化が着々と進む中で、日米支配層、特に軍事部門が秘密保護法制の強化を望んできたこと、さらに警察が法案作成に大きく関与しており、治安出動に対する自衛隊と警察の共同図上訓練が行われるなどの取り組みの中で、「」防衛省・自衛隊と外務省と警察庁が、日本の「国家の安全」を守る組織として強化が進み、自らの活動を隠すために秘密保護法を望んでいる」ことがある、としています。そして、秘密保護法の問題点として、(1)秘密保護が既存の法律で対応可能であるにもかかわらず、なぜその法律が必要なのかという「立法事実」が曖昧であること、(2)1980年代の国家秘密保護法案との違いは、防衛秘密と外交秘密だけでなく、警察の秘密まで拡大していること、また法案全体で36もの「その他」という文言が使われていて、何でも秘密になる可能性があること、(3)「適性評価」の大正となる公務員、民間人は、事細かく身辺調査が行われ、プライヴァシー権が侵害されること、(4)メディア関係者については、報道の自由と取材の自由が侵害され、国民については知る権利が侵害されること、(5)裁判になった場合、裁判所に特定秘密が出されないまま裁判を行う可能性があり、仮に出したとしても、裁判を公開しない可能性もあること、(6)秘密保護法の下では、国会議員に秘密を開示しないことも可能で、秘密会で開示した場合も国会議員はその秘密を同僚や秘書・政党にも打ち明けて相談できなくなり、国政調査権も制約を受けることになること、裁判所も裁判の公開が否定されることになること、したがって行政権が優位になり三権分立が否定されること、(7)自由な情報の流通は民主主義社会にとって欠くことのできないものであるが、秘密保護法はこの民主主義を否定するものであり、基本的人権も三権分立も国民主権も否定するような半憲法的な法律であること、などを指摘しています。

安倍内閣は、国家安全保障会議(日本版NSC)を発足させ、秘密保護法を成立させました。さらに、集団的自衛権の行使、海外での武力行使、武器輸出などを禁じてきた戦後日本の「国のかたち」を根本的に変えようとしています。その先にあるのは憲法第9条の「改正」、国防軍の創設です。秘密保護法はその第一歩に他なりません。

私たちは、この日本を「戦争のできる国」にしてはなりません。国家がさまざまな情報を一方的に秘密にし、情報統制によって国民に嘘の情報を垂れ流し、国民が真実を知らされないままになったとき、また「スパイ」を取り締まるため、公安警察などにより国民を監視する活動だけでなく、国民相互監視の体制もつくりあげられていったとき、その先にあるのは息苦しい監視社会であり、戦争のできる社会です。
秘密保護法は成立してしまいましたが、廃止に向けての息長いたたかいが必要となっています。この本は、その取り組みに役立つものです。ぜひ多くの方々に読んでもらいたいと思っています。

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