『中央工学校とともに-わが80年の軌跡-』

学校法人中央工学校理事長の大森厚さんから、自叙伝『中央工学校とともに-わが80年の軌跡-』(学校法人中央工学校、2013年)をいただきました。ありがとうございました。

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中央工学校は、1909(明治42)年に創立された、土木・建築系の工業技術教育の草分けの学校で、専門学校の中でも長い歴史を持った学校の1つとなっています。

この『中央工学校とともに-わが80年の軌跡-』は、大森さんの生い立ちから、80歳となる現在までの歩みをまとめたものです。
大森さんは、高等学校卒業後、ある会社に入社して間もなく肺結核となり、闘病生活を続け、1954年に父親が校長をしていた中央工学校の復興準備室で学校再興の準備を手伝います。そして中央工学校の校長となった田中角栄とは30年の長きにわたり交流が続きますが、その中には興味深いエピソードが語られています。田中角栄はこの中央工学校が神田中猿楽町にあったときの卒業生でした。

1972年に田中角栄が内閣総理大臣になり、校長を辞職、理事長であった石井桂が校長となり、大森さんが新理事長となりました。そして専修学校制度が発足し、専修学校に認可された1976年には理事長・校長となっています。その間、大森さんは、1963年に王子に新校舎を建設し、中央工学校の発展の基礎を築くとともに、文化服装学院の大沼淳理事長らとともに専修学校制度の創設に奔走されました。そして1989年、リクルート事件に関連して大沼淳全専各総連(全国専修学校各種学校総連合会)会長が辞職すると、その後任会長となり、専門学校卒業生の「専門士」の称号と大学編入学資格の付与、激甚法の専修学校への適用、専門学校留学生の就労ビザの発給など、11年間にわたり専修学校の振興に力を尽くされました。

私が大森さんと知り合ったのは、1986年に文部省が「専修学校教育の振興に関する調査研究協力者会議」を設置したときに、大森さんは専門学校側からの委員として、私は高校側からの委員として選ばれ、議論を交わしたことがきっかけでした。その後は、中央工学校の学校説明会や専進研(専門学校進学指導研究会)の夏期研修会などでお目にかかったりして、親しくさせていただきました。今年も7月に「専門学校コンソーシアムTokyo」主催で開催された「Tokyoしごと倶楽部」の会場で、元気なお姿を拝見し、懇談したばかりでした。

大森さんには、専門学校コンソーシアムTokyoをはじめ専門学校の発展のためにまだまだ頑張っていただきたいと思っています。

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