『キャリア教育のウソ』を読む

児美川孝一郎さん(法政大学)が『キャリア教育のウソ』(ちくまプリマー新書、2013年)を出されました。

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この新書は、中学・高校生向けに書かれたものですが、キャリア教育に取り組む中学・高校の教職員、キャリア教育に関心を持つ方々にもぜひ読んでもらいたい本だと思っています。

本のタイトルとなっている「ウソ」の意味について、ここでは”からくり”や”わな”といった含意でとらえています。

プロローグでは、児美川さんのゼミを卒業したロスジェネ世代の4人の卒業生のキャリアの歩みを紹介し、就職や働き方の社会的な「標準」が崩れてしまった時代生きていること、その「予測不可能性」の時代に、若者は、在学中に、いったいどのような「準備」をしていったらよいのか、と問うています。

第1章「キャリア教育って、なに?」では、文科省・厚労省・経産省がキャリア教育を推進した背景とその現実を述べたうえで、現在のキャリア教育は、狭く、偏っているとし、、「職業や就労だけ」に焦点が当たっていることと、取り組みが学校教育全体の物になっていないことの2点を、その問題点をとして指摘しています。
そして現在の「俗流キャリア教育」には、「自己理解」系、「職業理解」系、「キャリアプラン」系の3つの主要なジャンルがあり、「自分を見つめ」→「目標を設定し」→「計画的に努力する」という一定の学習の順次性が想定されていること、こうした発想の背景にはアメリカを中心に発展してきたキャリアガイダンスの理論があることを指摘し、このアメリカの成人の「転職」支援の場面を軸に発達してきた理論を、社会も文化も異なる日本の若者を対象とする教育の場面に援用することには疑問があるとしています。

第2章「ウソで固めたキャリア教育?」では、現在のキャリア教育が「正社員モデル」を前提としていることへの批判が書かれています。
まず俗流キャリア教育は、「やりたいこと」「なりたい自分」「就きたい職業」を重視し、「自己理解」を深めることから始められるが、「自己理解」を深めても「やりたいこと(仕事)」が簡単に見つけられるのか、と疑問を呈し、それよりも職業や仕事についての理解を深める学習に力を入れることの方が先ではないかとし、自分が働いていくうえで何を大切にしたいのか、何をやりとげたいのかという「価値観」をつかむようにさせること、また、「夢」や「やりたいこと」を見つめさせるとともに、「現実」との折り合いをつけさせることがキャリア教育の役割の1つであると指摘しています。
大半の公立中学校で取り組まれている職場体験や高校でのインターンシップについては、「一過性のイベント」になってはいないか、と問い、職場体験を通じて、職場に於ける仕事の流れや社会的分業の中でのその仕事のポジション、その職業の将来性や直面している課題、働いている人々の労働条件といった点にまで関心を広げ「職業理解」を深めていくことが必要であり、そのためには、事前及び事後の指導が不可欠であり、学校の教育課程全体の中で深められるような学習活動に取り組む必要があるとしています。
キャリアプランの作成については、社会変化が激しく、将来の予測不可能な時代に、キャリアプランを描くことには「ためらい」があるとし、取り組むのであれば、ワークキャリアだけでなく、ライフキャリアの問題、つまりそれぞれのライフステージで直面することになる問題や課題、仕事と生活をどう両立させ、折り合いをつけるのかといった点にも注目させること、また、各教科や教科外の教育を通じても生徒達にじっくり将来の生き方を考えさせるなど、プランを描かせる基礎となる事前の学習を行うことをが必要だとしています。
そして現在のように、「正社員」になれたとしても、その身分が絶対的に頼りになる時代ではなく、また非正規雇用をよぎなくされる時代にあっては、「個人による自律的なキャリア開発」が求められているとします。つまり、「非正規雇用」を見すえたキャリア教育が必要であり、(1)「非正規」での働き方の多様な形態と、メリット・デメリット等についての学習、(2)次のステップ(たとえば正社員への転換)への見通しの立て方の学習、(3)公的な職業訓練や休職者支援などについての情報提供、84)労働法についての学習、相談・支援機関についての情報提供、(5)困難に向き合うことを支える仲間づくり、を進めること提案しています。

エピローグでは、戦後型社会システムが崩れた転換期にある時代と社会に漕ぎ出していくためには、(1)学校卒業後も、生涯学び続けてく姿勢をみにつけめこと、(2)就職できたら終わりではなく、自分の人生を引き受けていく「キャリアデザイン」のマインドを持って行動すること、の2点を若者への助言としてあげています。

この児美川さんの本は、文部科学省が中心となって進められているキャリア教育の危うさをわかりやすく指摘しています。大学でのキャリア教育を含めて、現在のキャリア教育は「正社員」になることをモデルとした「適応」のための教育(本田由紀)となっています。私は、児美川さんが批判する「俗流キャリア教育」とは、そのようなキャリア教育を指していると考えています。そして多くの学校は、「善意」ではあれ、この「俗流キャリア教育」の影響を受けているか、進学校では、それ以前の「出口指導」にとどまっていることも少なくないのが現状だと思われます。
それでは俗流ではないキャリア教育は取り組まれているのか。この本では具体的な取り組みはほとんどふれられてはいませんが、児美川さんの提案にあるような取り組みをしている学校は、神奈川県立田奈高校など、まだ数はそれほど多くはないものの、出てきています。
学校の教職員が「キャリア教育のウソ」に気づき、若者のキャリア形成に真剣に向き合い、「本来のキャリア教育」に取り組むことが求められています。

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