海野宿へ行く

5月3日は北国街道の宿駅、海野宿へ行ってきました。長野県東御市にあり、1987(昭和62)年に重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

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北国街道は、中山道と北陸道を結ぶ重要な街道で、佐渡金山で採れた金の輸送や北陸の諸大名の参勤交代で通った道であり、善光寺への参詣客も通った道でした。
海野宿は、1625(寛永2)年に北国街道の宿駅として開設されました。海野宿が置かれたのは、旅人の往来が多かったことにもよりますが、この地は、東信濃の豪族・海野氏の城下町であり、近傍の道が集結する交通の要衝にあり、毎月6回の市が開かれていた交通・商業の中心地でもあったからだといわれています。

私は、上田には1971年以来、自由大学運動の研究のために幾度となく訪れていますが、その近くにある海野宿まで足を伸ばしたことはありませんでした。今回、知人が「まだ行ったことがないなら、行きましょう」と、連れて行ってくれました。

朝から晴れ上がり、気持ちのよい天気の一日でした。
海野宿の散策は白鳥神社のお詣りをして始まりました。白鳥神社は日本武尊の伝説を縁起とする歴史のある神社で、海野氏・真田氏の氏神です。境内にあるケヤキの大木は樹齢700年を越えるといわれています。

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海野宿の街並みは江戸時代の旅籠造りや茅葺き屋根の建物などと、明治時代以降の養蚕が盛んになった頃に建てられた蚕室造りの建物がよく調和して美しい家並みを形作っています。道の中央を用水が流れ、その両側に立ち並ぶ格子戸のはまった家並みが、静かなたたずまいを感じさせてくれます。
格子戸は、1階のものは明治以降に造られた物が大半だそうですが、2階格子の多くは長短2本ずつの交互に組み込まれ、独特の美しい模様を織りなしていて、「海野格子」と呼ばれているということです。

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また、屋根の上に張り出して意匠を凝らした卯建(うだつ、袖卯建)のある建物も見られました。

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アクセサリーや骨董品、漬け物や農産物、ガラス製品などを売るお店もところどころにあり、それらを眺めながら散策しました。途中、蚕室を画廊にして、柴光昭の絵画展を行っているところがあり、絵だけでなく、建物の内部も見ることが出来ました。

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福嶋屋という蕎麦屋で昼食。広い座敷にテーブルが置かれていました。私はざるそばとくるみおはぎのセットを注文しました。くるみおはぎは素朴な味で、そばの味とともに、信州の味覚を楽しむことができました。

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