「傍」

9月22日、下高井戸シネマで上映されている伊勢真一監督のドキュメンタリー映画「傍-3月11日からの旅-」を見てきました。

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2011年3月11日、東日本大震災後、宮城県亘理町に暮らす友人のミュージシャン、苫米地サトロの安否を尋ね被災地に入り、撮影が始まります。以来毎月11日、「月命日」の前後に、監督は仲間を誘って、亘理町と福島県飯舘村に通い続けます。

津波による多数の犠牲者が出た亘理町で、苫米地サトロは妻の吉田圭らとFM放送局「あおぞら」を開設し、町民たちに情報を提供していきます。

月命日に、声を詰まらせながら一人ひとりの亡くなった人、あるいは新しく死亡の確認された人の名前が読み上げられシーンが何度か出てきます。
その名前には、その名前に象徴されるその人その人の人生の物語、あるいはさまざまな家族関係や生まれ育った土地との関係や、知り合いとの関係など、そういうもの全体を名前という固有名詞が背負っていることがわかります。
女性の名前があり、18歳というと、その高校生という若さで津波に命を失ったのか、どんな家族の悲しみがあるだろうとか、あるいは5歳の女の子の名前が読み上げられると、その名前に対する愛しさなり、かわいらしい顔なり何なりを想像しただけで、家族の悲しみはどんなだったろうと、思わずにはいられません。

お墓参りのシーンも何回か出てきます。赤ちゃんをおぶった若いお母さん。周りの方たちが、ご主人がトラックを運転していて津波にのみ込まれてなくなったと、ぼそぼそと話します。いっぱいお菓子をお供えして、お供えを食い散らかす鳥にも生きる権利があると話す男性。みな偶然の出会いを撮影したものだということです。
「淡々と前向きな言葉も吐いていますが、あれはそういうことを言わないと、今を乗り越えられないからで、自分に言い聞かせているんですね。悲しみに浸るにも時間が必要で、当初はそんな余裕もない。サトロの「満月」の歌の中に、「君は 泣いているだろうか。僕は 泣けるようになったよ」ということばがありますが、この言葉を実感として受け止められました」(伊勢真一監督インタビュー、「太秦からの映画便り 映写室」http://eiganotubo.blob31.fc2.com/blog-entry-332.html

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http://eiganotubo.blob31.fc2.com/blog-entry-332.htmlより


この映画は、被災地の、被災者の傍らでの1年を描いた作品です。


上映後、監督の伊勢真一さんと絵本作家のいせひでこさんとのトークがありました。
伊勢監督は、テレビなどのマスメディアは「いま」を伝えるものだが、映画は「遠くへ飛ばす」ものだ、「遠く」とは時間が経つ中で逆にしっかり見えるものを伝えられればいいという思いで、この映画を作ったと話されました。
何が撮れるのか? ガレキの中に黄色い花が咲いているのを見つけ、自然の営み-花が咲き、季節はめぐるなかで、自然の仕打ち-痛めつけられた人たちの気持ちに寄り添い、どういう時間を過ごすのかを撮ろうと思ったということです。
いせひでこさんは、3・11の東日本大震災を機に、木にもDNA-生きる知恵がある、木たちの生きようの思いの強さを感じ、何かの励ましになればという気持ちから必死に書いたのが、『木のあかちゃんズ』(平凡社、2011年)だということを話されました。

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