大震災を口実にした改憲論

国会では憲法審査会が昨年の11月に始動してから半年になります。すでに衆参両院あわせて10数回の実質審議が行われています。とくに参議院憲法審査会では、4月から「東日本大震災と憲法」というテーマで、「人権保障」「統治機構」「国家緊急権」などについての議論を進めています。
自民党の委員らは、東日本大震災の発生とそれへの対処での政府の対応の立ち遅れを指摘し、その理由として憲法に「非常事態条項がない」「国家緊急権規定がない」ことをあげ、現行憲法を欠陥憲法だと指摘することで、改憲の緊急性を主張しています。

自民党の中山太郎前衆議院憲法審査会長は昨年8月に、憲法に「緊急事態条項」を盛り込む改正試案を公表しています。試案は4か条11項目からなり、緊急事態として「大規模な自然災害、テロリズムによる社会秩序の混乱その他」を例示し、別に定める「緊急事態基本法」にもとづき首相が緊急事態を宣言する規定を設け、首相に自治体首長への指示権などの権限を集中させ、国民の「通信の自由、居住及び移転の自由並びに財産権」を制限できるようにする。緊急事態宣言の期間は、原則90日以内で、20日以内の国会承認を条件にする、というものです。

小林節慶応大学教授は、『大阪日日新聞』(2012年4月24日)のコラム「一刀両断」で、「中山太郎「非常事態」条項試案」を論じています。過日、都内のシンポジウムで中山氏の非常事態条項試案を検討する機会を得たとし、緊急事態条項があったならば、昨年の東日本大震災の際に「行政が右往左往して復旧が一向にはかどらない」事態は「違った推移をたどったのではなかろうか」と述べ、「3・11という手痛い教訓を体験した今、私たちは、非常事態条項の挿入という、党派的対立の起こりがたいテーマで、憲法改正を経験してみるべきではなかろうか」と、「緊急事態条項」の導入を口実にした改憲に賛成する主張をしています。

震災対応は、当時の菅直人内閣が、とりわけ原発災害に対して、必ずしも憲法を生かして被災地に適切・果敢な救援策をとることが出来なかったのは事実ですが、この問題は憲法の問題ではありません。統治能力、危機管理能力の問題です。
震災対応は現行憲法のもとで災害対策基本法などを抜本的に見直して運用し、あるいは積極的に憲法を生かして被災地救済のための新規立法を措置し、法制度を整備することで十分に可能です。実際、被災地の現場から、復興のために憲法に「緊急事態条項」がないとできないから改憲してほしいという要求が圧倒的多数の声として出ているとは思えません。
東日本、とりわけ東北地方の人々が被った多大な惨禍の責任は、戦後、半世紀以上にわたって財界のための経済・産業政策を推進することで東日本経済を収奪し、そのうえで安全神話をふりまいて東京電力をはじめ原子力発電を推進してきた政治にあります。また、1990年代からの新自由主義改革路線、「構造改革」の推進によって地方の農林水産業や地域のコミュニティを破壊して東日本一帯を疲弊させてきた歴代自民党政府の政策が負わなくてはならないものです。3・11による地震と津波は「天災」ですが、それが疲弊した東日本を襲って、莫大な惨禍をもたらした点で「人災」というべきです。その意味では、「非常事態条項」導入による改憲論は、憲法に責任を転嫁することで、従来の政治の責任としての「人災」を覆い隠すイチジクの葉そのものといえます(高田健「大震災を契機に再起動した改憲論」『週刊金曜日』2012年4月27日・5月4日合併号)。

中山氏の「試案」は、緊急事態の例示に「その他の事態」というあいまいな表現があり、いかようにも拡大解釈される恐れがあること、戦争や内乱など非常事態・緊急事態に政府が憲法を停止し、国民の権利を制限して、政府が非常措置をとる国家緊急権を認めていることなど、大きな問題があります。
大日本帝国憲法にはあった国家緊急権規定が日本国憲法に盛り込まれなかった意味は重く受けとめる必要があります。日本国憲法は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意」し、戦争の放棄を規定したものであることを忘れてはなりません。諸外国では憲法に国家緊急権を明記している場合もありますが、それは日本と違って戦争を前提とした憲法であるからです。
自民党や小林教授が「緊急事態条項」を盛り込み、国家緊急権を規定する改憲を主張するということは、日本を戦争が出来る国家にするということにほかなりません。

現在は自民党が「緊急事態条項」を盛り込んだ改憲案の策定を進めていますが、国家緊急権の議論は元々、民主党が熱心だったものです。民主党は、2005年に発表した「憲法提言」で「国家緊急権の明示」を主張し、ことし2月の同党憲法調査会では、改憲に向け「緊急事態条項の創設についてまとめる」方針を確認しています。その意味では、小林教授が述べているように自民党と民主党との間では「党派的対立」はありません。だから、国民は一度「憲法改正を経験してみるべき」というのは乱暴な議論です。
現在の改憲論は、大規模な自然災害と安全保障・外交上の有事は「緊急事態」として一括りにはできないものですが、それを一括りにし、3・11をいわば政治的に利用して改憲に持ち込もうとするもので、本当のねらいである第9条の改憲、全面的な憲法「改悪」に誘導するための議論といえます。

5月3日は憲法記念日。主権在民、基本的人権の保障、平和主義という憲法理念を真に実現していくための努力が求められています。

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  • レイバン ウェイファーラー

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  • プラダ バッグ

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