在野の民衆憲法

5月3日の憲法記念日が近づいてきました。

『週刊金曜日』第839号(2012年4月27日・5月4日合併号)は、憲法特集「草の根の民主主義を見つめる」という特集を組んでいます。3・11後のいま、私たちは政治家に「おまかせ」するのではなく、自ら考え、参加していくための決意が問われているとし、自由民権運動の中で、民が主となる憲法案が、自由闊達に議論されたが、そうした人々の精神と希望への行動を手がかりに、復興の芽をみつけることが求められているとして組まれた特集です。

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そのなかで新井勝紘さん(専修大学)が「在野の民衆憲法こそ、憲法の源流」を書かれています。
神奈川県西多摩郡五日市町(現・東京都あきる野市)の勧能学校の教員であった千葉卓三郎が、地域全体を巻き込んで憲法起草に取り組み、民権運動が生みだした憲法草案の中でも傑出した草案として知られる「日本帝国憲法」(いわゆる「五日市憲法」)として結実したこと、とくに「国民の権利」の項目は現在の日本国憲法と比較対照表ができるほど綿密かつ詳細であること、自由民権期に作成された憲法草案の最高峰ともいわれている植木枝盛の「東洋大日本国国憲按」は、国民の自由権利が守られないような国は国家とはいえないとし、国民の自由権利を認め、政府が国権に違背するときは人民はそれに従わなくてもよいとする抵抗権や革命権を認めていたこと、植木の草案には健康と尊厳を保つ権利があるという条文があり、戦後の憲法研究会はこの植木案を参考にして「国民は健康にして文化的水準の生活を営む権利を有す」と起草し、GHQに提出されており、現憲法の生存権規定の根源となっていること、岩手の「憲法草稿評林」は、帝位継承について、万一、皇帝を継ぐべき人物がいない場合は、代議士院が選ぶ人を皇帝にする、あるいは、政体を変更して大統領制に出来ることを謳っていることなど共和制にまで踏みこんだ草案であったこと、などを紹介し、「人間の命のありようが根源的に問われている今こそ、これらの構想に真剣に向き合うべきではないか」と述べています。

五日市憲法は、新井さんが学生時代であった1968年に、色川大吉さん(東京経済大学名誉教授)のゼミ調査で、深沢権八家の土蔵から発見されたものでした。私が五日市憲法のことを知ったのは、東京大学前の古書店で色川大吉・江井秀雄・新井勝紘『民衆憲法の創造』(評論社、1970年)を買い求めたときでした。それ以来、自由民権期に生みだされた民間の憲法草案(私擬憲法)の中でも、五日市憲法や植木枝盛の「東洋大日本国国憲按」、「憲法草稿評林」については関心を持ち、中央大学法学部で「歴史学」を教えていたときも、民間の憲法草案については紹介していました。

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戦後の日本国憲法制定時には、鈴木安蔵らの憲法研究会案がGHQで参考とされ、日本国憲法が作られたことはよく知られています。日本国憲法制定前の憲法草案は自由民権期のように多くはなく、10数編しか知られていません。
かつて私は、石川県金沢市で敗戦を体験した元小学校長の中村斉が、日記『流言蜚語録』に書き綴った憲法改正構想を紹介したことがあります(「敗戦直後における一民衆の憲法改正構想-中村斉『流言蜚語録』にみる-」民衆史研究会編『民衆生活と信仰・思想』雄山閣出版、1985年)。
中村は、マッカーサーが憲法改正に着手するとの新聞報道を目にすると、日本では憲法改正に消極的な状況があり、このままではアメリカに憲法を押しつけられるとの危機感から、日本国民が主体的に憲法を改正すべきだとし、1945年9月20日から10月23日にかけて、断片的に改正構想を書き綴ったのです。その特徴としては、長く大日本帝国憲法下に置かれていたこともあり、帝国憲法の条項を下敷きに改正案を構想していること、それにもかかわらず、その改正構想は、天皇制の民主化・非政治化や基本的人権の尊重などにみられるように、現行の日本国憲法と基本的には同じ立場に立っていることがあげられます。
具体的にいくつか紹介すると、第1条は「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」に代えて「日本帝国は天皇之を順にす」にすること、第2条は「皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス」に代えて「天皇は人民の選挙により皇族中より之を択ぶ、若し其人なきときは之を欠く」とすること、第5条から第14条の天皇大権はすべて削除すること、第22条から第29条にある臣民の権利条項については法律による留保を削除すること、などが構想されています。
中村の憲法構想は、国家のあるべき方向を「国民保育の国家」におき、「福利民富を目的」としなければならないとという立場から帝国憲法の見直しをはかったものです。国民主権の明文規定がなく、また天皇を元首とするなど不徹底な面はあるものの、実質は主権在民の立場にたち、天皇の権能を大幅に縮小しており、現行の日本国憲法の象徴天皇制にきわめて類似しており、また、天皇を皇族中より国民投票で選出し、場合によっては大統領制をとるという、きわめてユニークな規定を設けています。また、軍備の全廃も説かれています。こうした改正構想が、民間での憲法草案の最初といわれる憲法研究会案の公表(新聞発表は1945年12月28日)より以前に考案されていたことは、注目されてよいでしょう。

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いま国会では憲法審査会が、緊急課題でもない憲法改定論議が行われ、自由民主党は「緊急事態条項」を盛り込んだ憲法改正案を策定しようとしています。

いま求められているのは、東日本大震災を機に「緊急事態条項」を口実にした第9条改憲や全面改憲ではなく、自由民権期や敗戦直後の在野の民衆憲法の精神を受けついだ日本国憲法の理念を全面的に実現させていくことだと考えています。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             

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