神津善行さんの講演

6月15日の午後、東京・原宿にあるトルコ大使公邸で東京日本・トルコ婦人クラブの6月例会があり、出席してきました。

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トルコ大使公邸

今回は、作曲家・神津善行さんの「カマンの夕日とトルコ音楽」をテーマにした講演会でした。
役員の方から、昨年7月のカマン・カレホユック考古学博物館の開館式典を書き記した私のブログを見られて、例会の案内に「カマンの夕日」の写真を使わせていただきたいとのお話があり、それが縁で例会に招かれたのでした。

日本・トルコ婦人クラブは、トルコに関心を持たれている日本の女性と在日トルコ人女性との交流を通して日本とトルコとの友好関係を深めようという団体です。今回は、80人以上の方が出席されたとのことですが、会場の聴衆では私だけが男性でした。

講演に先立ち、この4月に赴任されたというトルコ大使から挨拶があり、トルコと日本の友好関係には特別の友情の絆があり、女性の交流が重要な役割を果たしていることを話されました。

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トルコ大使

神津さんの講演は、約20回に及ぶトルコ訪問の最初は、NHKの依頼で、ベートーベンとモーツアルトの「トルコ行進曲」の原曲をさがすためであったという話から始まり、トルコの民謡調査、とくに「江差追分」のルーツ探し、また「トルコ風呂」という言葉をなくすNHKの番組取材でいったりしたことを話され、最後に、「カマンの夕日」を作曲したときのことを話され、神津さんが撮影された夕日の写真を見ながら、CDで東京交響楽団の演奏する「カマンの夕日」を聴きました。
この曲は、カマン・カレホユック遺跡から大村勝弘さんが発見した、母親が6人の子どもをかかえるようにした発見された遺骨を見たときに、どうしようもなく涙が出てきたこと、敵が攻めてきて家を焼かれ、子どもを守るようにして亡くなった母親の姿を想像すると、紀元前5000年前の母親もいまの母親と変わらない通じ合うものがあること、そのことをモチーフに作ったということでした。

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神津善行さん

講演の中では、モンゴルの馬追唄が、馬の伝来とともに日本に渡り「江差追分」となり、同じ唄がモンゴルの版図拡大とともにトルコに渡り、モンゴル・日本・トルコとも全く同じ曲であったという話がとても興味を引きました。日本では「江差追分」という馬の唄ではなく漁業の唄に変わって残っているということですが。
講演のあとの懇談の席で、神津さんに、モンゴルからの伝来はシルクロードを通って伝えられたのかどうか尋ねてみましたが、日本では馬とともに直接モンゴルから入り、北海道(蝦夷地)へ移住した人々に伝えられたのだろう、トルコへはチンギス・ハーンがトルコを勢力下においたときに伝えられたものだろうということでした。
また、トルコの民謡は54音階であったが、アタチュルクは専門家に整理させて32音階にして現在に民謡を残していること、それに対して日本は、明治に入り、洋楽教育を始め、長唄などの邦楽を捨て去り、自国の音楽を習わない国になったこと、その日本の音階を習わなくしたのは伊沢修二とともにアメリカに留学した私の一族である神津専三郎であったという話も興味深い話でした。音階が多いか少ないかは民族性の問題だと話されていましたが、日本の民族性を大事にしつつ新しい音楽を創っていくことが音楽家としての努めであることを感じさせてくれる講演でした。

講演会の後は、トルコのお菓子をいただきながら歓談する時間がありました。私は神津さんと短い時間でしたが、お話をすることができ、よかったと思っています。

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