下町の水辺散策1

3月6日の日曜日、三鷹市スポーツ振興課主催の市民歩こう会があり、参加してきました。
今回で第180回目ということでしたが、初めて申し込みをしました。

コースは、三鷹駅から門前仲町駅まで移動し、深川公園~富岡八幡宮~清澄庭園~隅田川~木場公園(昼食)~横十間川~猿江恩賜公園(解散)~亀戸天神で、川辺を歩きながら東京スカイツリーを眺めようというものでした。

三鷹駅前で受け付け。5班約60名の参加者でした。
地下鉄東西線で門前仲町まで移動し、深川公園で開校式。挨拶や体育指導員の紹介、ストレッチをしたあと、9時30分にウォーキングへ出発。

公園を出発してすぐにある深川不動堂と富岡八幡宮は素通りでしたが、富岡八幡宮では骨董市が開かれていて賑わっていました。

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八幡堀遊歩道に入ると上に赤い小さな鉄橋が架かっていました。旧弾正橋(八幡橋)です。1978(明治11)年に東京府の依頼により工部省赤羽製作所が制作した都内最古の鉄橋で、国の重要文化財に指定され、米国土木学会より「土木学会栄誉賞」を受賞している橋とのことです。元は中央区の京橋楓川に駆られていましたが、関東大震災後、新しい弾正橋が架けられたため、1929年に現在地に移して保存され八幡橋と改名されたということです。

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八幡橋をくぐり少し歩くと遊歩道脇に茶色の橋が置いてあります。旧新田橋とあります。新田橋は、大横川に架かっていた人道橋で、医院を開業していた新田清三郎が、1932年、不慮の事故で亡くなった夫人の霊を慰めるために、近所の人の協力して架けられた橋ということです。

亀久橋から仙台堀川沿いに木更木橋まで。川沿いは桜並木になっていて、3月末になれば桜がきれいだろうと想像しながら歩きました。

清澄公園で小休憩。
柵越しに清澄庭園も見えました。公園にはカンヒザクラが赤いつぼみをつけ、サンシュユが黄色いつぼみをつけていました。

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清澄公園を出発してすぐに太平洋セメントがあり、そこに「本邦セメント工業発祥之地」の碑があり、明治27年製造のコンクリートも置かれていました。

読売新聞の印刷所を過ぎると、道路から1mほど奥まった一角に「平賀源内電気実験の地」という碑が建っていました。平賀源内は高松藩の足軽の子で、1776(安永5)年にわが国最初のエレキテル(摩擦起電機)を完成し、深川清住町の屋敷で実験を一般公開しました。その由来を刻んだ碑です。

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隅田川大橋と清洲橋の間にある隅田川テラスからは隅田川と清洲橋越しにスカイツリーが眺められました。

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暖かい日差しの中、隅田川沿いに歩き、芭蕉庵史跡展望庭園が眺められる小名木川との合流地点で隅田川と別れました。相撲部屋の高田川部屋・尾車部屋が並ぶ道を歩くと、ジャージ姿の力士を1人見ました。そこからしばらく小名木川沿いの遊歩道を歩き、大横川との合流地点でスカイツリーを眺めたあと、木場公園へ。

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11時30分に木場公園に到着。
木場公園には東京都現代美術館があります。ここにはかなり前に舟越桂展が開かれたときに妻と来たことがあり、それ以来ということになります。

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ここで45分間、昼食休憩となりました。(つづく)

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