教え子たちと

私が初めて担任をもち、卒業生として送り出した教え子たちが、池袋に集まってくれて、昼食を兼ねて退職の慰労会を開いてくれました。

桜華女学院(当時は日体桜華女子ですが)に着任して3年目に初めてクラス担任を受け持ち、まだまだ新米できちんとしたクラス経営が出来ず、今から思えば恥ずかしい限りの担任でした。
そんな教師でしたが、生徒たちは、私に「ぺんぎん」というあだ名を付けて、いろいろ話をしてくれました。子どもが生まれたときには家まで来てくれたりもしました。そんな生徒たちも、今はいい年齢になり、それぞれの子どもさんも大学生や社会人になっていました。

数年前に新宿で集まったことがあります。それ以来、久しぶりに顔を合わせる人もいましたが、中には昨年の夏に同窓会の件で会った人もいたので、急に3月で私が退職したことに、なぜだろうと疑問に思っていた教え子もいました。
私からは、退職に至った経緯を話しましたが、いまの桜華女学院にいるよりはよかったのではないか、これからはライフワークにしていることに取り組んでほしい、と言ってくれました。

昔の高校時代のこと、それぞれの近況などを話したり聞いているうちに、あっという間に4時間が過ぎていました。
とても楽しいひとときを過ごすことが出来ました。

また、退職を記念して、心のこもったプレゼントをいただき、とても感謝しています。
すてきな教え子たちに囲まれて、教師をしていてよかったと感じた会でした。

この記事へのコメント

ミント 北本発
2010年08月01日 21:29
今日はお忙しい中ありがとうございました。懐かしい時間を今でもこうして共有出来ることをとても嬉しく思います。自分のルーツを再発見したりして・・先生にも仲間にも感謝です。しばらくは女性の人生4分割の3番目「子育てを終えた時間」をすごす事になります。いろいろある事と思いますが又笑顔で会える日を楽しみにしています。
シュガー 八王子
2010年08月02日 09:37
三十年以上も経つのに、すぐに心は女学生に戻っていました
けして勤勉な生徒達ではなかったけれど、ペンギン先生の一生懸命さが伝わってきていたので「この先生は裏切れない」という気持ちから、横道に逸れる生徒はいなかったですね
今ではみんな人の親になり、手前味噌ですが一人残らずとても良い子に育てあげたと思います
ペンギン先生の教育理念が、理屈じゃなく自然と身に付いていた結果でしょう人生折り返し地点の私たちですが、生涯学習だと思っているので、迷った時にはペンギン先生に会いに行きますのでご教示ください
いつまでも私たちの「先生」なのですから

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