カマン・カレホユック遺跡見学

7月11日の午前中は、ヤッスホユック遺跡見学のあと、昨日開館式典のあったカマン・カレホユック考古学博物館を大村正子さんに説明していただきながら見学しました。
カマン・カレホユック遺跡から出土した遺物が時代ごとに展示され、遺跡全体の構造がわかる模型も展示されていて、子どもでもわかるように工夫されていました。

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博物館見学のあと、アナトリア考古学研究所研究員の松村公仁さんの案内でカマン・カレホユック遺跡を見学しました。直径280m、高さ16mのアナトリアでは中規模の丘状遺跡だそうですが、遺跡の頂上から発掘現場を説明していただきました。
この遺跡は、1986年から発掘調査が継続的に行われているところで、4文化層が確認されているとのことです。
第1層 オスマン時代(15世紀~17世紀)
第2層 鉄器時代(紀元前12世紀~前4世紀)
第3層 中・後期青銅器時代(紀元前20世紀~前12世紀)
第4層 前期青銅器時代後半(紀元前3000年頃) 
その中で新しい見解を提示できたものとして、ヒッタイト帝国崩壊後の紀元前12世紀から前8世紀にかけての、従来「暗黒時代」とよばれ、取り立てて文化がないかの如く扱われていた時代の建物が出てきたことがあげられるとのことです。
松村さんからは、(1)アッシリア植民地時代(紀元前18世紀)はメソポタミアとの交易が盛んに行われていた時代であっこと、(2)都市国家時代には都市間の争いがあり、その時代に焼けて火災にあった遺跡から人骨40体が発見され、2階から母子の骨が出てきたこと、(3)前期青銅器時代(紀元前3000年頃)には土器をロクロでつくっていたこと、各地に作物の貯蔵庫がつくられ赤鹿の骨が大量に出ているので、当時はこの辺りも森であったことを示し、今の環境とは違っていたこと、などいくつか興味深い説明をしてくださいました。

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