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zoom RSS 和歌山への旅 熊野本宮大社・熊野速玉大社

<<   作成日時 : 2017/05/10 17:29   >>

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5月6日は熊野三山のうちの熊野本宮大社、熊野速玉大社、そして花窟神社を参詣しました。

前日、補陀洛山寺と闘鶏神社をお詣りしましたが、補陀洛山寺では、本尊の千手観音像を開帳していただき、柔和な顔の像を直接見ることができたのは、思いがけないことでした。また、補陀洛渡海信仰を詳しく知ることができたのもよかったです。

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補陀洛山寺
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闘鶏神社

全国の熊野神社の総本山にあたる熊野三山ですが、熊野本宮大社はまっすぐに石段を登りきり、社殿の前に。拝礼の場所が5つあり、参拝する順番も決まっていて、神社による独特のしきたりがあるのがわかりました。

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階段をくだり、1889(明治22)年の大水害で流された旧社殿のあった大斎原(おおゆのはら)へ。大斎原は、熊野川・音なし川・岩田川の3つの川が合流する中州にあったということですが、いまは川の流れが変わり、中州のかたちはみることができず、田圃のなかに大きな鳥居がそびえ立っているのが見えました。鳥居をくぐり、こんもりとした森の中に旧社地がありました。

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熊野速玉大社、新宮市内の市街地の中にあります。
市街地からも見られる神倉山(権現山)の「ゴトビキ岩」をご神体とする神倉神社。その祭神を現在の社地に移し、神倉山の元宮に対し、速玉大社は新宮と呼びました。
境内はそれほど広くはありませんでしたが、境内には神木とされる天然記念物のナギの木の大樹がそびえていました。

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花窟(はなのいわや)神社は三重県熊野市の海岸沿いにあります。
花の窟は、イザナミノミコトが火神・カグツチノミコトを産み、灼かれて亡くなったあとに葬られた御陵で、花窟神社は、高さ45メートルの岩窟をご神体とし、日本書紀にも記されている日本最古の神社といわれています。

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花の窟では2月と9月の年2回、例大祭が行われ、ガイドの説明では、神々に舞を奉納し、約170mの大綱を岩窟の上45mの高さのご神体から境内南隅の松のご神木に渡す「御綱掛け神事」が行われるということでした。

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神社から国道を隔てたところに七里御浜がひろがっています。約22Km続く日本で最も長い砂礫海岸で、「日本の渚百選」にも選ばれている景色のよい海岸でした。海岸にある石はどれも波に洗われて丸みを帯びていてすべすべしていました。

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旅の最後に寄ったのが世界遺産の一部になっている鬼ヶ城。熊野灘の波によって削られた大小無数の海食洞が、自身による隆起によって階段状に並び、熊野灘に面して約1Km続いていて、志摩半島から続くリアス式海岸の最南端に位置するということです。

鬼ヶ城センター脇の遊歩道を下り、数分でごつごつした岩の洞窟から広い熊野灘を眺めることができました。

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こうして2泊3日の熊野三山、熊野古道、そして潮岬をまわる和歌山への旅行を終えました。

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