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<<   作成日時 : 2017/04/16 00:12  

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東京YWCA平和と正義委員会主催の第29回憲法カフェが4月15日、東京YWCA会館で開かれ、参加をしてきました。

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講師は古関彰一さん(和光学園理事長)で、「あらためて『憲法9条ができるまで』」というテーマで話をされ、その後、小グループで感想や質問したいことを出し合い、出された質問等に対して古関さんが答えるかたちで会は進行しました。

古関さんの話の中で印象に残ったのは、次のような点でした。
・昭和天皇が戦争の終結を考えた時期は、沖縄戦で牛島司令官が6月18日に「決別電報」を送ったことを知った6月20日の御前会議のときからであること。
・8月10日の御前会議でポツダム宣言を受け入れたが、天皇は、「玉砕」ではなく、皇統を維持し、子孫を守ることを主張したこと。
・9月4日の詔書で「平和国家」を初めて表明したが、これは連合国向けの宣伝であったこと。
・陸軍は、明治憲法から「軍規定の削除」を申し出て、軍務局長が46年1月末から2月初めにかけて幣原首相らに働きかけたが、その目的は天皇制を守るためであったこと。
・GHQは、政府部内で「軍規定の削除」をめぐって対立があり、削除反対派が優勢であることを知り、46年2月3日、マッカーサーは、憲法改正の3原則(天皇は国の最高位、戦争の廃止、封建制度の廃止)を民政局長に手交、憲法草案作成へ。2月13日、GHQは日本側に憲法草案を手交。
・憲法9条に「戦争の放棄」とともに「平和」がはいったのは、鈴木義男(社会党)や芦田均(自由党)の修正の働きかけがあったこと。

そして、古関さんは、まとめとして、9条のつくられ方から戦後日本を考えると、
・敗戦は沖縄の犠牲の上にあり、戦後も天皇制を維持する手段として「平和国家」が発想されたこと
・日本側に「軍規定の削除」の構想があることを知り、GHQは「戦争の廃止」を打ち出したこと
・マッカーサーにとって、日本が二度と戦争ができない国にすることが目的で、本土に「平和」を、沖縄に基地を、と沖縄は除外されたこと
などを指摘されました。

憲法の平和主義は、GHQの憲法草案前文にある「平和的生存権」に刺激を受けて、国会の中で鈴木義男らの議員の構想から生まれましたが、天皇制の維持とひき替え戦争放棄がうたわれ、沖縄は9条を作る段階で除外されており、複雑な側面があったことがわかりました。

倍政権のもとで改憲が現実のものとなりつつある情勢の中で、改憲を許さないためにも、9条の持つ意味をしっかり考え、平和主義を深化させていく必要があると感じました。

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