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zoom RSS 公開討論会「9条問題の本質をつかむ」

<<   作成日時 : 2015/12/20 07:18   >>

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国民投票/住民投票情報室主催による公開討論会「9条問題の本質をつかむ」が12月18日、参議院会館で行われ、参加をしてきました。

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安倍政権のもとで集団的自衛権の行使を可能とする安保法制=戦争法が成立し、立憲主義、国民主権を侵す解釈改憲が進行し、既成事実化されようとしています。
こうした政治状況の中、安保法制に反対する人でさえ、その多くが「自衛隊という戦力の保持、自衛のための戦争」を肯定していることをふまえ、9条堅持を唱え立憲主義を侵す解釈改憲を放置する欺瞞ではなく、国民主権を行使して憲法を改正し、新9条に専守防衛の自衛隊を明確に位置づける「新9条論」が出てきています。
この討論会では、今井一さんが進行を務め、9条堅持の立場から伊藤真さん(弁護士)、新9条論の立場から伊勢崎賢治さん(東京外国語大学教授)、9条削除論の立場から井上達夫さん(東京大学教授)が出席し、9条問題の本質を浮き彫りにし、深く考える契機にしたいという趣旨のもとに開かれたものです。

伊勢崎さんは、9条が抱える矛盾、すなわち交戦権のない自衛隊が、イラクやジブチ、南スーダンなどに派遣されてきたが、交戦権を気にせずにきていること、沖縄の問題も、日米地位協定の改訂など主体的な努力をせず、米軍の戦争に協力し、新たな基地建設を進めていること、これで戦後70年間戦争をしてこなかったと言えるのか、と問い、9条を進化させる必要があるとし、新9条論を提起したことを明らかにしました。そして野党は、ジブチ、南スーダンからの自衛隊撤退をさせるべきだと提言しました。

伊藤さんは、原理主義的護憲の立場から、憲法9条の本旨は非武装中立であるとし、新9条論については、解釈の余地のない条文を明記するのは不可能であること、解釈のスタートラインが少し前に出るだけ出るだけで緩やかな軍事行動を許す方向になること、安倍政権の改憲の動きに悪用される危険性があることを理由に反対であることを明らかにし、自衛のためであっても軍隊をもつことはできないとし、もし他国が日本を攻撃してきたときには、非暴力不服従で抵抗すべきだと話しました。そして、もし軍隊を持つべきだとするなら、国民として安全保障に責任を持つために、国民皆兵すなわち徴兵制にすべきだと話しました。

井上さんは、安倍政権は集団的自衛権を認めないとアメリカは日本を守ってくれないという見捨てられ論だが、これは、アメリカが基地提供を始め武器・弾薬・燃料の兵站など巨大な軍事的利益をアメリカに提供しており、アメリカが日本から手を引くことはなく欺瞞であること、また、護憲派についても、自衛隊と安保条約を廃棄しようと努力しておらず、9条が平和を守ってきたというのは欺瞞だと批判、安全保障政策は憲法に書くのではなく、濫用されない、条件付け制約(具体的には徴兵制、良心的兵役拒否)を書き、9条は削除すべきだ、としました。

3人の議論を聴きながら注目したのは、伊藤さんも井上さんも、日本が軍隊を持つなら徴兵制をとるべきだという意見でした。井上さんの場合は、『東京新聞』2015年9月16日付の「9条削除で立憲民主主義を」の記事にもあるように、徴兵制になれば、政治家の息子も、政治に無関心な中流家庭の息子も、誰もが戦場に行く可能性があり、それが戦争を回避することにつながるというものです。それに対して伊藤さんは、安全保障を他者に任せ、その利益だけは自分が受けとる志願制ではなく、国民が自ら自分の国を守ることを国民として責任をもつ徴兵制を取るべきだとするものです。しかし、伊藤さんは、人を殺す(人の命を奪う)ことを国家権力によって強制されることは人間の尊厳を奪うものだとし、もし仮に侵略されたとしても、非暴力不服従で抵抗すべきだと説きます。非暴力不服従を貫くためには、人間として自己犠牲を伴う強靱な意志がなければなりません。それを国民に求めるのは大変な困難を伴いますが、私は伊藤さんの考えに同意するものです。

この国民一人ひとりが、9条の問題をどのように考え、行動すべくなのか、いま真剣に向き合わなければならないと思っています。

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